信頼は「答えること」で積み上がる――開幕・VF甲府新体制のメディア対応に寄せて
ピッチの上は、いまのところ心配していない
開幕戦は敗れた。ただ、内容まで悲観することはないと思っている。ゴール期待値で振り返れば、鳥栖1.45に対して甲府1.15。鳥栖の2点目はPKだから、その分(一般的なモデルでPKのゴール期待値は0.76〜0.79)を差し引くと、流れの中で作ったチャンスの質はむしろ甲府が上回っていた計算になる。今のところ、ピッチの上に取り立ててネガティヴな要素は見当たらない。
鳥栖 (xG 1.45) 2–0 (xG 1.15) 甲府
— Jリーグ 期待値哲学 (@J_xG_Tetsugaku) August 8, 2026
鳥栖 勝利確率: 43.1%
引き分け: 31.9%
甲府 勝利確率: 24.9%#サガン鳥栖 #vfk
強いて挙げれば、前線に高さを武器にする選手が多くないわりに、後半は単調なクロスに終始したように見えたことくらいか。ただ、僕はサッカーの素人。持っているのは戦術眼ではなく、失点の瞬間に天を仰ぐ反射神経くらいだ。なのでこのnoteでは、なるべく経営の話を書くことにしている。
「回答がなかった」の一行
で、引っかかっているのはピッチの外の話である。開幕戦の翌日にそんな話か、と思われるかもしれない。ごめんなさい。ただ、戦術を語れない人間に語れるのは、このあたりのことくらいなのだ。この話はどこかで語りたいと思っていたが、シーズン始めの方に語っておきたい種類の話だ。なので、少し前の出来事になるが、どうか付き合ってほしい。
山梨日日新聞は紙面で、中村順テクニカルダイレクター(以下、中村TD)に二度ほど取材を申し込み、回答が得られなかったことを記している。新聞は普通、黙って引き下がった経緯をわざわざ書かない。「回答がなかった」の一行は、穏当な筆致に見えて、地方紙なりの精いっぱいの抗議文だと僕は読んだ。
始動まで約3週間の“ストーブリーグ”でVF甲府はどんなチームづくりを進めていくのか。現有戦力の去就見通し、補強のポイントとなるポジション、外国籍選手の獲得方針などについて、山梨日日新聞は中村テクニカルディレクターに取材を申し込んだが、1日までに回答はなかった。
https://www.sannichi.co.jp/article/2026/06/11/80703936
強化責任者である中村順テクニカルダイレクター(TD)も試合を視察。チームの現状について感想を求めたが「(試合の総括は)監督に聞いてもらいたい」と述べるにとどめた。
https://www.sannichi.co.jp/article/2026/07/25/80712608
一方通行のフィロソフィ
一方で、同じ会見の中村TDは寡黙ではなかった。プレーモデル、いわくフットボールフィロソフィについては、内部資料であるはずのパワーポイントをそのまま投影してみせた。これ自体は、本当に素晴らしい。クラブが何を目指してどう戦うのかを、ここまで具体的にサポーターへ示した例を、僕は甲府で他に知らない。

https://www.youtube.com/live/lnnX3UNkZh8?si=E5ni9ZH-hV376CjO
ただ、だからこそ引っかかるのだ。あれだけ開示に熱心な人が、取材の申し込みには答えていない。フィロソフィは惜しみなく流れてくる。ただし、回線は一方通行だ。語りたいことは饒舌に語り、問われたことには答えない。沈黙ではなく、選別。秘匿ではなく、統制。そういえばこの会見では、勝ち点などの数値目標も語られなかった。数字を口にしたくないだけなら、慎重さの一種として理解の余地もある。でも、取材依頼への無回答と並べて見ると、避けられているのは数字ではなく「問い」そのものではないか、という疑いがどうしても拭えない。
会見にはもうひとつ、気になる場面があった。すでに何度か質問を重ねていた山日の記者が、さらに問いを継ごうとしたときである。渋谷監督は「ひとつでお願いします」と告げた。同じ記者の何度目かの質問だったのは事実で、進行上の配慮と言えなくもない。ただ、挙手する記者は多くなく、時間が押していたわけでもないように思えた。問いはひとつに制限された。答えのほうは、制限するまでもなく、もとから多くない。
そういえば、プレシーズンマッチの後には、相手のプレッシャーを受けたときのビルドアップが課題として語られていた。会見場でも似たことが起きている、と言ったら意地悪が過ぎるだろうか。問いというプレスを受けると、ボールはタッチラインの外へ蹴り出される。ピッチの上でそれを課題と呼ぶのなら、ピッチの外のそれも課題と呼ぶべきだろう。
質問する記者は、悪くない
念のため言っておくと、あの場で質問を重ねた記者を責める気は、僕にはまったくない。会見で食い下がる記者のほうが「空気を読め」と叩かれる光景は、いまやこの社会の定番になりつつあるが、問いを重ねるのは記者の職分である。職分を果たす者が嘲笑される場所に、健全な組織は育たない。
SNSには「山日はスポンサーなのだから応援記事を書け」という声も見える。でも、スポンサーであることと編集権は別の話だ。資金を出す者が紙面を買えるのなら、それはもう報道ではなく広告である。適切な批判が流通してこそクラブは成長する。それを歓迎できることが、クラブとともに生きる市民の成熟の姿だと僕は思う。
人を責めたいわけではない(クラブ関係者の皆さんへのお願い)
フェアに言えば、防御的なメディア対応は新体制の発明ではない。佐久間さんの頃の体制もまた、情報を統制しようとする傾向は強かった印象がある。現体制にはその作法の連続と、それがより表に出やすくなった気配とがある。外から見える範囲では、そう映る。そして、作法が人より長生きしているのだとすれば、それはもう個人の性格ではなく、組織の文化の問題だということでもある。
もうひとつフェアに言っておきたいのは、中村TD個人のことである。氏はアカデミーの指導者としてキャリアを重ねてきた人で、クラブの顔としてメディアの矢面に立つ経験も、そのための訓練も、これまで多くはなかったはずだ。フィロソフィであれだけ具体的な中身を用意できる人が、取材への応答だけを意図的に拒んでいる。そう考えるより、単に不慣れで、支える体制がまだない。そう捉えるほうが自然だろう。というより、そう思いたい。依頼を承知の上で黙殺していたのだとすれば、それはメディア対応の巧拙以前に、社会人としての作法の問題になってしまうからだ。だとすれば必要なのは、個人への非難ではなくクラブとしてのフォローである。広報が間に立ち、応答の型を整え、手元にある中身を問いへの答えに変換していく。難工事ではない。語るべき内容なら、すでにあるのだから。
信頼は、答えることで積み上がる
クラブは今季を「信頼を回復するシーズン」と位置づけた。振り返れば今年、このクラブは何を目指してどう戦うのかをかつてなく具体的に開示し、その一方で、地元紙への取材依頼に無回答を重ねた。開く手と閉ざす手を、同じクラブが同じ年に出しているように僕には見える。
信頼は、語りたいことを語るだけでは積み上がらない。問われたことに答えることで、少しずつ積み上がる。そして答えることは、クラブが行うことのできるもっとも安い信頼への投資でもある。設備投資も、補強費も要らない。地方紙は広報の下請けではなく、サポーターと経営をつなぐ数少ない回路である。その回路が細るとき、細っていることに気づけるのは、たいてい後になってからだ。
繰り返すが、ピッチの上に今のところ心配の種は見当たらない。気がかりは、その外側である。杞憂であればよい。杞憂だったと、シーズンの終わりに笑って書き直せることを願っている。
