朝がはじまる音
プァ〜〜〜
ラッパの音色などではない。
別室で寝ている夫が、起床したときに出すオナラの音だ。
ドレミファソラシドでいったら、おそらくファだ。
はぁ。そんなことより、早く準備せねば。
ワーママの朝は忙しい。
歯を磨き、顔を洗い、なくなりかけのファンデーションをなんとか絞り出してうすく塗り、眉を描き、髪をといて、終わり。…色のない顔。
いつ買ったか分からないアイシャドウに手を伸ばそうとして、やっぱりやめる。小さな怪獣が起きる前に支度を済ませるのが、何より重要なのだ。
今日も、過酷な一日がはじまる。
まずは、家を出るという、壮大なプロジェクト。
やるべきタスクを頭の中で書き起こし、組み立てて…おお、今ここで牛乳こぼす?計画変更!
仕事の休憩時間。
誰にも邪魔されずに飲めるコーヒーって、美味しい。ちょっと物足りないけど。
いけない、ゆっくりしすぎた。今、何時だろう。
ケータイのホーム画面に出てくる我が子の写真。うん、やっぱりうちの子が一番かわいい!…会いたくなってきたな。
保育園にお迎え行って、家に帰ってからは、いかに早く寝かしつけられかの勝負。見たいドラマが溜まってるし、今日こそ自分時間を作るぞ!
という意気込みは幻想でしかなく、子どもと寝落ちて朝になる。
プァ〜〜〜
ある日、
私は、離婚届をもらって帰ってきた。
特に、大きな何かがあったわけじゃない。
ただ、
たくさんの野菜で、どう美味しく食べてもらえるか考えたり
気持ちよくお風呂に入ってもらえるように、排水溝をちょこちょこ掃除したり
たまの平日の有給に、家族みんなの布団を干してみたり
私だけ、ひとりぼっちで。
空っぽだった。
離婚届は、
えらく軽そうな質感なのに、
少し重たくて、ひんやりしていた。
夫とは、
大学入学の春に、バイト先で出会った。
私の一目惚れ。というか、一耳惚れ?
「明日からよろしくお願いします」と電話をした時に出たのが、社員で働いていた夫だった。
ギャンブルも、酒もタバコもよくするし、メールの返事もろくに返さないし。
でも、
一緒にいるだけで、それでよかった。
この紙を渡したら、夫はどんな顔をするだろう。
どうせなら、
戻れなくなる前に、楽しんじゃおう。
最後の夏祭り
最後の運動会
最後のクリスマス
最後の誕生日
最後の結婚記念日
最後のお花見
紙は渡さないまま、5年が経った。
プァ~~~
……朝か。
