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『ナニワ少年グラフティ』

昭和という時代を聞くと
皆さん、どんなイメージを持ちますか?


私が少年時代を過ごしたのは、
バブル時代に突入する直前です。


バブルと聞くと、すぐに頭の中で

「男なんてシャボン玉〜」


島田珠代さんのギャグを思い出す。

シャボン玉の画像がなく、ち〜ん♪で
後藤さんの『すな!』が聞こえてきそうです。

生活の中に笑いがあり
笑いの中に生活があった。


土曜日の昼
ラーメンを食べながら見る吉本新喜劇は
至福の時間だった。
見終わってから遊びに出て行く。
健全な大阪の少年の姿である。


先生と生徒。友だち同士で会話をすると
自然とボケとツッコミになる。
高校卒業したら吉本へ行くと言っていた
友だちも普通にいた。
いとこはNSCに入った。
この話はまた今度書きます。


昭和の大阪は、
近所づきあいも盛んで、友だちの家で
晩ご飯を食べることもよくあった。


現在、街はきれいに整備され立派な
マンションが立ち並んでいる。


インターホンのない私の子ども時代は、
友だちの一軒家の外から全力で

「○○く〜ん。
   あ〜そ〜ぼ〜」

と絶叫したものです。
留守の時は、隣のおばちゃんが

『今は外出中やで』

と教えてくれたりもした。


街を歩けばヤンキーの兄ちゃんが
肩で風を切り闊歩していた。
私たちは靴下の中にお札を隠し、
ダミーの小銭入れはポケットに入れる。
「カツアゲ対策」は万全にして外出だ。


子どもたちに、私の少年時代の話しをすると
いつも爆笑される。
あまりにも、時代が違いすぎるからだ。
マンガの世界のように感じるらしい。


学生時代、学校を絶対に休みたくなかった。
理由は

「休んだ時に、めっちゃ面白いできごとがあったら悔しいから」


中々、そんな簡単にオモロいことは起こりませんが。
風邪で、休んだ日はつまらなかった。

「ちょっと男子〜、ちゃんと掃除しぃや〜」


とクラスの女子によく怒られた。
今の時代、こんな怒られ方をする
男の子はいるのだろうか?


ナゼだろう?
昔を思い出すたびに、胸が熱くなる。
体温が上がるのだ。
近所のオッチャンもオバチャンも
学校の先生も生徒も親も勢いがあった。

「先生、ウチの子がアホしたら、
遠慮なくドツいたってください」

という親もたくさんいた。
その言葉を鵜呑みにして
生徒をバンバン叩く先生たち。


子どもの中学の名前付きジャージを着て
外に出るオバチャン。
友だちの親は任侠の人だ。
腹巻きに手を入れながら静かに話しても、
そのド迫力は子どもでも感じていた。


個性が服を着て歩いていた。


「あの頃の記憶を記録したい!」
そう思って、いずれ本を出したいんです‼️
その名も

『ナニワ少年グラフティ』

タイトルは決めました。
「グラフティ」とは落書きの意味です。


落書きのように書き綴った
ワクワクドキドキしたあの時代を
楽しんでもらえたら幸いです。
昭和の息吹を感じてほしい。

本が出るその日までnoteを書き続けます。


皆さん最後まで読んでいただきありがとうございます。


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