自分自身の心と向き合う旅日記 ③恩師との出会い
両親や家庭環境について、
旅日記①②で綴ってみました。
それらでは、どちらかと言えば、
自分を抑圧してきたものについて、
お話してきました。
一方で、高校時代では、
部活や恋愛などで、自由を謳歌する
時間を過ごすことができました。
そのように、いろいろなことに
前向きに取り組めるようになったのは、
小学5年と6年に担任になって
くださった山田二郎先生(仮名)
との出会いがきっかけでした。
山田先生のおかげで、
幼少期から小中学時代に抱えていた
一番大きなコンプレックスを
克服することができたのです。
小学校に上がる前は、
外で遊ばない子供でしたが、
小学生になると男子たちと、
学校や外で遊ぶようになりました。
しかし、
いわゆる運動オンチのために、
運動全般、特に水泳は大嫌いで、
運動会が1年で一番嫌な行事でした。
勉強や運動は、子供にとって、
「できる」か「できない」に
焦点が当たりがちだと思います。
もちろん、得意不得意には、
生まれ持った素質が
少なからず関係すると思います。
しかし、それらよりも、
「できるようになりたい」か、
「できないままでもいい」かの、
どちらの気持ちの方が大きいかが
とても大きいと思うのです。
子供自身が
「できるようになりたい」
と思っていれば、
できる方法を教えてあげれば
「できるようになる」
のだと思うからです。
そうして、子供たちは、
後天的に勝ちとった素養で
未来を切り拓いていけるのだと、
僕は自分の経験から思っています。
山田先生は、勉強や運動などが
「できない」と思い込んでいる子供に
「できるようになりたい」と
いう気持ちにさせてくださり、
「できるようになる」方法を
教えてくださいました。
山田先生は、体育の授業になると
最初の5分くらいに、
鉄棒の逆上がりや跳び箱などを
全員に一度させてみて、
「できる」子供と「できない」子供の
2つのグループに分けます。
これは「できない」子供にとって、
とても屈辱的なことで、
現在の教育現場では、
許されないことかもしれません。
しかし、「できない」ことを
恥ずかしく思いながら、
「できる」子供たちと一緒にいる方が
劣等感が高まっていく気がします。
山田先生は、
「できる」子供たちには、
自由にさせておいて、
「できない」子供たちが、
「できる」ようになるまで、
徹底的に教えてくださるのです。
そして、クラスの全員が、
最後に「できる」ようになるのです。
僕は水泳が特に苦手で大嫌いな
いわゆる「カナヅチ」で、
体育の授業も仮病で
休んだりしていました。
そして「カナヅチ」ということで
自分をとても劣った人間だと思う
コンプレックスが非常に強かったのです。
水泳が苦手だと泳げない以前に、
水の中に顔をつけるのが怖いのです。
そして、水上で息を吸うことより、
水中で息を吐くことが怖いのです。
水中でうまく息が吐けないので、
息を吸おうとした時に、
水を飲み込んだりしてしまうのです。
山田先生は、
水中で息を吐くことから教えてくださり、小学6年で25mを泳げるようになりました。
僕は、これらの経験から、
どんなことに対しても、
「できない」ままでいたくなくて、
「できるようになりたい」と願う
人間に変わったのです。
まさに何でも「やればできる」という
気持ちを育ててくださったのです。
そのおかげで、僕は高校生になって、
初めて運動部(サッカー部)に入りました。
最初はスキップさえできなくて、
部員たちに笑い物にされていました。
それでも、運動でも球技なら、
下手ではあっても、
最低限はできるようになりました。
さらに、運動部に入ったことで、
体を鍛えることが好きになったり、
心身の限界に挑戦する気持ちや、
辛くても投げ出さない根性が身につきました。
そして、スポーツが、
「できる」ようになったことより、
スポーツ全般を鑑賞することも
大好きになれたことが大きいです。
一流のアスリートやメダリストが、
どのように自分自身に向き合って、
自分の限界に挑戦したかなどの、
気持ちが理解できるようになりました。
山田先生が、僕たちに、
教えて続けてくださったのは、
「できる」ことにとどまらなかったのです。
今の僕が、
どんなに失敗しても、
立ち上がろうと思えるのは、
先生の思いが込められた、
先生が伝え続けておられた、
この言葉が残っているのだと思います。
「1つのことを求め続けよう」
本当にどうもありがとうございました。
旅日記④では、書くことや
本を作ることへの憧れについて
綴ってみました。
