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「信じる」「信じない」の境界線 (絶対という言葉への拒否反応)

「信じる」ことや「信頼」「信用」
という言葉は、自分の中では
とても重要な意味があるのですが、
それを整理してお伝えすることは、
とても難しいので、とりとめのない
話になってしまうかもしれません。

僕は「信じる」ということに
強くこだわってしまいます。
それは、人を簡単には信じられない
自分がいるからだと思います。

例えば、人から聞いた話は、
自分で確かめないと信じられない
ということが多いです。
その一方で、信じられる人だと、
信用したり、信頼している人の
言葉だとそのまま信じるのです。

あまり信じていない人の話だと、
エビデンス(根拠や証拠)を求めて
検索して調べることが多いです。
でも、この人の話なら信じるとか、
この人の話は信じないという風に、
人だけで判断していないようです。

そこでポイントは、僕の場合、
どういう人(または話や意見)なら
信じることができて、この逆に、
信じることができない話や意見とは
どういうものかを考えてみました。

おそらく、その話や意見を断定的に
言われたり、絶対正しいみたいに、
決めつけて言われた場合に、
拒否反応が出てしまうのだと思います。
絶対的なものや、真実、真理という
ものに対して抵抗があったのです。

なので、会議とかでも、絶対そうだ
絶対間違っている、のような意見を
言う人に対して拒否反応が出ます。
そういう人の話や意見は、基本的に
まったく信じられなくなります。

僕はサッカー日本代表の試合を
長らく観戦して応援してきました。
今回のワールドカップの地上波放送で
本田圭佑さんの解説が話題になって
いますが、僕も好感を持っています。

グループリーグの第2戦の
チュニジアとの試合の途中で、
日本が3-0になった時に、
本田さんは、絶対に勝ちます
と発言してから、絶対とは
言い切ってはダメですが、
99.9999%勝ちます、
と言い直されました。

この言葉を聞いただけでも、
本田さんは信頼できる人だな
という印象を受けるのです。

でも、「絶対」という言葉だけに
引っかかるというわけでもなくて、
個人的な意見ですが、と言ったり、
私はこう思います、と付け加えたり
してもらえると受け入れられます。

自分の考え方に、とても
自信がある人の中には、
自分の考え方が一番正しく、
その考え方が一般的だと思って、
発言する人もいたりします。

そのような人が、絶対そうだと
断言することが多い印象なので、
そういう発言が多い人に対して
拒否反応が出るのだと思います。

どうして自分がここまで
「絶対」という言葉に
敏感なのかを考えてみると、
自分の母親が
「私の言うことが正しい」
「私の言う通りにしていればいい」
「私の思い通りにすればうまくいく」
というようなタイプだったことが
大きかったのかもしれません。

僕も、こうする方がいいとか、
こうしない方がいいと、
人に勧めることもありますが、
そのようにするかどうかは、
相手の自由意思を尊重しています。

「信じる」ことは大切で、
人との「信用」を大切にして、
人との「信頼関係」を築きたいと
思っていますが、その中で、
相手の自由意思を尊重することを
何よりも大切にしたいと思います。

僕は大阪人の気質のコラムをいくつか
書いてマガジンにしていますが、
これらのすべてに根拠はなくて、
「知らんけど」を最後につけています。
僕の個人的な意見として、
お楽しみいただけますと幸いです。

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