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去年の秋を、冷やして飲む──「生酒の日」にたどる日本酒の時間(№56)

さて、今日6月25日は「生酒の日」だそうです。 ビールもハイボールも美味い季節ですが、キンと冷やした日本酒を、涼しい部屋でちびちびとやる時間はまた格別なもの。

今回は、私がかつて社会人の一歩目を踏み出した「信州」での思い出の酒たちを振り返りながら、グラス一杯の日本酒が内包する「時間」について少し言葉を紡いでみました。


今日は2026年6月25日、木曜日です。
この日は「生酒の日」です。

1984(昭和59)年6月25日、京都の月桂冠が、常温で流通できる生酒を発売したことにちなむ記念日なのだそうです。

生酒とは、日本酒づくりで通常行われる「火入れ」を一度もしない酒のことです。

しぼりたてに近い、みずみずしい香り。
冷やしたときに心地よい、軽やかな口当たり。

かつては蔵元でしか味わえなかった魅力を、家庭の食卓でも楽しめるようにした技術が、この記念日の背景にあります。

 

生酒を入口に日本酒を眺めると、私はいつも、酒の味そのものだけでなく、その酒がたどってきた時間を飲んでいるような気がしてきます。

秋に米が実り、冬に仕込みが始まる。
搾りの季節には、「あらばしり」や「新酒」が出てきます。できたばかりの酒には、ときに微かなガス感があり、若々しい荒々しさがある。新米の季節のエネルギーが、まだ酒のなかにそのまま残っているようです。

春から初夏にかけては、冷やして楽しむ「夏酒」が店頭に並びます。
生酒もあれば、生のまま貯蔵して出荷前に一度だけ火入れをする生貯蔵酒もある。軽快さを際立たせる酒もあれば、低温で寝かせて、瑞々しさの奥にやわらかな旨味をつくる酒もあります。

そして秋には、夏を越して落ち着いた「ひやおろし」や「秋あがり」が現れる。米の旨味がゆっくり開いてくるころです。

もちろん、酒蔵ごとに造りも出荷時期も違います。すべてがこの順番どおり、というわけではありません。

けれど、一年を通して季節の酒を追いかけていると、私たちは知らず知らずのうちに、米が酒へ変わり、味が育っていく時間を味わっているのだと思います。

 

私が日本酒のおもしろさを教わったのは、大学を卒業して最初に赴任した長野県でした。

友人が、
「やっぱり『あらばしり』はうめぇなあ」
と言う。

その一言から、真澄、神渡、黒松仙醸といった信州の酒を、少しずつ覚えていきました。

 

土地の名前も、酒蔵の場所も、当初はよく分かりませんでした。それでも、冬になれば新酒の話が出て、暑くなれば夏酒が店に並ぶ。
酒の名前を覚えることは、長野の季節を覚えることでもありました。

同じ信州でも、夏の酒の見せ方は三者三様です。 

諏訪の真澄は、冬には「あらばしり」で搾りたての躍動を見せ、夏には「すずみさけ」を出しています。白麹由来のほのかな酸味を生かした、軽快で爽やかな純米吟醸酒です。夏の高原を吹き抜ける風を思わせる名前も、真澄らしいと思います。

岡谷の神渡には、「夏誂純米」があります。これは生貯蔵酒です。香りの若々しさを残しつつ、透明感のあるきれいなキレを楽しませてくれます。

伊那谷の黒松仙醸は、「ひやしざけ生 カワセミ」。こちらは生酒です。フレッシュなリンゴを思わせる香りと、適度な甘さのあとに続くきりりとした酸味。清流の上を飛ぶカワセミを思わせる、初夏らしい一杯です。

 

生酒のまま出すのか。
生貯蔵酒として、あえて一度火入れをするのか。
あるいは、夏向けの軽快な酒として仕立てるのか。

同じ「夏に冷やして飲む一杯」でも、蔵ごとに答えが違う。
その違いに出会えるのも、日本酒のおもしろさです。

一方で、いまは技術の進歩によって、通年でフレッシュな生酒を買うこともできるようになりました。
それは本当にありがたいことです。

けれど私たちは、「いつでも飲める」ことに感謝しながらも、「今だけ」の文字を見ると、やはり心が動きます。

冬のあらばしり。
夏の生酒。
秋のひやおろし。

酒そのものを味わうだけでなく、そのときにしか巡り合えない季節を、いっしょに口にしているのかもしれません。

今夜飲む夏の一杯も、もとをたどれば、去年の秋、農家の方が育てた米です。
時間をかけて酒へ変わり、蔵で整えられ、いま私たちの前にある。
そう考えると、グラス一杯の液体が、少しだけ愛おしく見えてきます。

 

今日は、生酒の日。

冷やした夏酒と冷奴を用意して、日本の季節がじっくりとつくる一杯に、静かに乾杯したいと思います。

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