木魚感想文【毎週ショートショートnote】
吾輩は木魚である。名前などない。
この寺の本堂に鎮座して百余年、三人の住職の手になる棓を身に受けてきた。
初代は、それは景気のいい音で。
祭りの音頭でも取るかのごとく、威勢よく鳴らしたものだ。
二代目は、打って変わって抑えた音。
寡黙な性格に相応しく、一打一打に念を込めて叩いておった。
さて三代目は……。
「僕、本当は寺なんか継ぎたくないんだ。友達とも遊べないしさ」
三代目が子供の頃、夏休みは毎日本堂で経を読まされておった。不貞腐れて力任せに吾輩を叩いては、父の二代目にぽかりと拳固を喰らい。
そんな三代目も、いつの間にやら成長した。
棓の捌きも堂に入り、吾輩も安堵したものだ。
「そろそろ弟子を取らんとな。俺の体もいつまでもつか……」
――早いな。
人の世は、はやい。
三代目の音は優しい。
迷った者は、迷いなき者より他者に優しいのだ。
こちらだ、と引くでもなく。己で考えよ、と放すでもなく。
共に歩かんと手を取るごとくに温かいこの音も、遠からず聞けぬようになるとは、これまた世の無常。吾輩は三代目の音を最も好ましく思っておった……いや、仏道にあるまじき執着ゆえ、ご放念願おう。
名もなき木魚の繰り言、一筆啓上申し上げ候。
(497字)
【あとがき】
めっちゃオーバーしました💦
でも何だか気に入ったので、このまま投稿させていだきます(笑)
木魚を叩く道具は「棓・ばち・撞木」など、いろんな呼び方があるんですね。ちなみに秋しばの義実家は日蓮宗だそうで、木魚の代わり木鉦というものを使います。歯切れのいいカンカンという音の大きさに、ずいぶん驚いたのを覚えています(笑)
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