思い出相続税【毎週ショートショートnote】
「なあ、俺たちやり直さないか?」
「本気で言ってるの?」
男は目の前のコーヒーをぐっと飲み干した。
「まあ離婚したのは俺の不倫が原因だけどさ。でも別れて判ったんだよ。やっぱり俺にはおまえしかいないって。葵だって一人じゃ嫌だろ? 葵は寂しがりやだったから、それも心配で……ぐぅっ!」
決めの台詞とばかりに身を乗り出した男は、そのまま呆気なくテーブルに倒れ伏した。
「……まったく、いつまで昔の思い出を引きずってるのかしら。素直で従順、何かあっても甘いこと言えば丸め込める便利な女。その思い出を引き継ぐ相続税としては、ちょっと高ついたかもね」
女は、ぴくりとも動かない男を見つめた。
「私はこのまま思い出の中で生きていくわ。あなたと幸せに暮らしていたころの……もっとも、その思い出相続税も高そうだけど」
その時、玄関のドアが外から激しく叩かれた。
「警察だ! 先ほど通報があった。ここを開けなさい!」
女は小さくため息をついた。
「ああ、やっと来た。死体を片付けるのは面倒だものね。警察ならうまくやってくれるでしょう。もう私には思い出以外に守るものもないし」
女は哀しげに微笑むと、静かに玄関へ歩いていった。
(490字)
【あとがき】
皆さま、お久しぶりです。
拙著刊行に伴ってしばらくバタバタしており、なかなか道場へ来られませんでした。ひとまず区切りがついたので、また少しずつnoteにも戻れたらいいなと思っています。
たくさんのお祝い、ご声援をありがとうございました!!
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