博士ちゃん特番のその先へ――サグラダ・ファミリアを彫る日本人彫刻家の記録
「博士ちゃんの特番」をきっかけに見聞きした、「ガウディとサグラダ・ファミリア」の話題をお送りしたい。
サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃんSP
毎週土曜日に放送される、超人気番組である。
この番組のSPとして、今年の5月31日に、「サグラダ・ファミリアSP」が放送された。
さわり程度にYouTubeにも配信されていたので、雰囲気だけでも味わってほしい。
この放送を観た私は、「サグラダ・ファミリア」とそれを受け持った「天才建築家 ガウディ」について知り、とても有益な時間を過ごせた。
そのサグラダ・ファミリアが2026年に完成予定だという。
また、日本人の彫刻家が参加し、すでに40年以上も最前線で働いているという。
どちらも驚きだった。
番組ではその日本人の彫刻家「外尾悦郎氏」と芦田愛菜ちゃんのインタビューもあった。
もし、まだ観ていない読者がいたら、あまり短くないが、ぜひ過去の放送を観てほしい。
有料でも、観る価値あり!
書籍「ガウディの伝言」
後日、番組中でインタビューを受けていた日本人の彫刻家、外尾悦郎氏は過去、日本で書籍を執筆していることを知った。
その中の一冊、「ガウディの伝言」に出会うことができ、これを機会に読んでみた。
今回その感想もお送りしたい。
【読書後の感想】
最近と言っても、大分前のような気もするが、TV番組でサグラダ・ファミリアを特集していた。
その内容がとてもよく、ぜひガウディについてもっと知りたいと思っていた。
そんなとき本書と出会う。
購入して読んでみるが!?
目 次
第一章 ガウディと職人たちとの対話
第二章 石に込められた知恵
第三章 天国に引っ張られている聖堂
第四章 人間は何も創造しない
第五章 ガウディの遺言――「ロザリオの間」を彫る
第六章 言の葉が伝えるもの――「石の聖書」を読む
第七章 ガウディを生んだ地中海
第八章 ライバルとパトロン
第九章 ガウディと共に育つ森――十九世紀末のバルセロナ
第一〇章 神に仕える建築家の誕生
第一一章 孤独の塔、サグラダ・ファミリア
第一二章 永遠に満たされていくもの
という項目で、ガウディの生涯について紹介しながら、サグラダ・ファミリアにおける著者の仕事での様子を綴ったもの。
著者は、日本人にしてサグラダ・ファミリアの専任の彫刻家。
この本を読むきっかけとなった番組にも登場し、インタビューも受けていた。
そんな彼の著書を見つけ、ネットでの評価も悪くないので、これをきっかけに読むことにした。
表紙をめくると、カラー写真も掲載され、文章はまるで聖書を感じさせる優しい口調で進行する。
ガウディの決して順風満帆ではなかった生涯と、著者自身のサグラダ・ファミリアでの働きにおけるエピソードが語られている。
まさに、サグラダ・ファミリアで、著者が石に囲まれ28年間(執筆当時)戦いながら掴んだ、「ガウディの伝言」を垣間見た。
また、ガウディのサグラダ・ファミリア以外の建築物といった功績も知ることができた。
あらためてガウディの偉大さを思い知った。
サグラダ・ファミリアの今後の動向にも注目したい。
心に響いた箇所をいくつか引用してみた。
(横書きでは漢数字は読みにくかったので一部修正しました)
第一章より 明日はもっと良いものを
ガウディは1926年の6月7日、サグラダ・ファミリアで過ごした最後の日の夕方、ミサに出かける前に、仕事を終えた職人たちに向かって言いました。
私はその一言に込められていた精神が、その後の建設をも支え続けてきたような気がします。
「諸君、明日はもっと良いものをつくろう」
第二章より 二つの疑問
一言で言えば、ベランダの強度とデザインの問題。
その二つにぶつかったわけです。
悩みに悩んで、仕事以外の時間もずっと考えていたんですが、あるときふと、ガウディはそれを一つの問題として解決しようとしていたのではないかということに気づきました。
つまり、強度の問題とは別にデザインの問題があるのではなく、構造的に脆い部分があるからこそ、ガウディはそこに蔦の彫刻を置こうとしたのではないか――厚さ1センチになるところをカバーするように蔦の彫刻をデザインすれば、構造の弱点を自然に補強できるだけではなく、少ない材料で、深い彫り込みのある彫刻を得ることができます。
そういう発想でサグラダ・ファミリアを見直してみると、多くの彫刻が同様の考え方で配置されていることが分かってきました。
第九章より 死の淵で見た光
ガウディは1894年の四旬節(イエスが洞窟に隠り、父なる神に祈りながら40日間断食したことにちなむ復活祭前の40日間)を機に、すべての仕事を放棄し、命を危険に晒すほどの過酷な断食に入っていきました。
一切の食事を拒否するガウディは、みるみるうちに痩せ細り、周囲が死を恐れ、本人もそれを覚悟するところまで衰弱していきました。
§
その断食をやめさせたのは、ガウディの友人でもあった、カタルーニャ出身のジョゼップ・トーラスという神父です。
後にはレナシェンサの精神的指導者にもなっていくトーラス神父は、次のような言葉でガウディを諭したと伝えられています。
「良き友アントニオ。
人生は儚く、すぐに去ってしまうものだ。
だからこそ、人間は自らの意志ではなく、神の意志によって生命を断たなければならない。
特にあなたの場合、そうしなければならない理由がある。
この聖堂は神の望みにより、信者たちを精神的に養う目的で着工されたものであり、あなたはこの聖堂を完成させるという、現世での使命を受けているからだ」
この聖堂とは、サグラダ・ファミリアのことです。
第一〇章より 苦 悩
私自身の小さな体験と照らし合わせても言えることですが、自分の能力を超えるようなひらめきというのは、気楽に考えているときに浮かんでくるものではありません。
大きな問題を抱え、疑問の海に叩き落とされ、何かを掴もうと必死でもがいているときに初めて得られるものです。
ガウディは31歳で大聖堂の主任建築家を任され、集中して考えざるを得ない状況を生涯に亘って持つことになった。
本当に24時間、ガウディの頭の中からサグラダ・ファミリアの構想が消えることはなかったと思います。
第一一章より 事 故
この日、ガウディがサグラダ・ファミリアを出たのは、午後5時半頃だったと記録されています。
その約30分後、グランビア(広い通り)と呼ばれる四車線を有する通りを渡ろうとしている最中、ガウディは市電に撥ねられました。
駆けつけた市民が病院に運ぼうとしましたが、ガウディがあまりにも貧しい身なりをしていたため、四台ものタクシーが乗車を拒否したという話が、晩年の慎ましい姿と当時の世相を象徴するエピソードとして伝えられています。
第一二章より 過 ち
もう一つは、プーチさんの代にやむを得ず決断されたことです。
実際にバルセロナに来て目にされた方も多いと思いますが、サグラダ・ファミリアは、1980年代から、その大部分を石ではなく、コンクリートでつくり始めています。
当時のサグラダ・ファミリアを取り巻く非常に厳しい状況の中、建設の中断を免れることと引き替えに選択された道です(彫刻までセメントでやろうと言い出したので、さすがにそれは反対しました)。
プーチさんは、その決断の責任を背負って墓場まで行かれるつもりだったと思います。
ガウディが生きていても、その決断を支持したかもしれません。
それは必ずしも間違ったことではなかったと思います。
ただ一つ私が案じているのは、コンクリートという便利な建材を使い始めたことで、建設に対する考え方がどんどん安易になっていくことです。
石でつくることを断念したからこそ、常によりよいものを求めようとするガウディの精神を受け継ぐことが大切でしょう。
どんな貧しい家庭でも、愛する我が子のためには、できる限りの工夫をし、それが決して不幸なことではないように、本当にサグラダ・ファミリアを愛する人たちがつくり続けていれば、コンクリートでも、自然に最高のものを追究していこうとすると思います。
その精神を失わないことが、今後もっとも問われてくることになるかも知れません。
より知識の幅が広がり、良書に出会うことができた。
2006年に出版されていたとは驚きだ。
まとめ 博士ちゃん特番のその先へ――サグラダ・ファミリアを彫る日本人彫刻家の記録
ガウディの生涯とサグラダ・ファミリアについて、番組の紹介と本の感想をお送りしたがいかがだったろうか。
今、こうして書いていて思うのは「積読していないで、もっとタイムリーに皆さんに紹介したかった」と、少し悔しい (^_^;)
ぜひチャンスがあったら、書籍はもちろん番組の方も観てほしい。
さて、その番組中、「外尾悦郎氏が芦田愛菜ちゃんにインタビューされている」と何度も書いた。
その完全版が、YouTubeで配信されている。
私も、この投稿を書くにあたって観てみたが、さすがに完全版だけあって放送された番組以上に内容がしっかりしていた。
とても良いインタビューだった。
その映像を、最後に載せておくので、少し長いがそちらも観てほしい!!
今週のエンディングは、「【博士ちゃん】芦田愛菜×彫刻家 外尾悦郎インタビュー完全版」です。
ぜひ、ご覧ください。
※スミマセン、現在は公開が終了してしまいました。

最後までお読み頂きまして、ありがとうございました。
また次回、お会いしましょう (^_^)b
to be continued…
