相談支援専門員の日々 プロフィール写真変更
時間があったので、noteのプロフィール写真を新しく更新しました。
画面に映し出されたのは、降りしきる雪の中でじっとこちらを見つめる、白髪と髭を蓄えた渋い男の姿。「宮沢賢治の『雨ニモマケズ』に出てくるような、静かで強い人物」というリクエストから生まれた、私の「20年後の理想の姿」です。
ちょっとジェダイのマスターか仙人のようになってしまいましたが、このアイコンを設定したあと、私は画面に浮かぶ男の眼差しを見つめながら、どうしようもない気恥ずかしさと、情けなさに包まれていました。
今の私は、この写真の男の足元にも及ばない。
何が足りないのか、理由は自分が一番よく分かっています。
周りの環境のせいでも、時代のせいでもない。ただ、私自身の「努力」が、圧倒的に足りないのです。
欲ハナク、決シテ瞋ラズ
賢治の詩を口ずさむたび、我が身の未熟さに胸がチクリと痛みます。
> 欲ハナク
> 決シテ瞋ラズ
> イツモシズカニワラッテヰル
>
相談支援の現場に身を置きながらも、私の心はいつも小さな欲や不満で溢れています。
もっと効率よく仕事をこなしたい、もっと自分の時間が欲しい。そんな薄っぺらい欲が頭をよぎり、行政の冷淡な対応や、思い通りにいかない現実に直面すれば、心の中でいとも簡単にイライラしてしまいます。「いつも静かに笑っている」境地なんて、程遠いのが現実です。
「東に病気の子あれば行って看病し、西に疲れた母あれば行ってその稲の束を背負う」。
そんな風に、ただ目の前の人のために自分を投げ出す努力を、私は本当に尽くせているだろうか。
どこかで「ここまでやったからいいだろう」と、自分に都合のいい線を引いて、努力を怠っているのではないか。
画面の向こうの、深く刻まれたシワと強い眼差しを持つ20年後の私は、まるで「お前の努力はそんなものか」と、今の私の甘えを静かに見透かしているようです。
ほどほどに足りない自分、まだまだ足りない現役
> ミンナニデクノボートヨバレ
> 褒メラレモセズ
> 苦ニモサレズ
>
誰に褒められるためでもなく、ただ地域の中で静かに役に立つ「デクノボー」になること。
それがいかに尊く、そしていかに途方もない努力を要することか。
今の私は、どこかで人から評価されたい、認められたいという承認欲求を捨てきれずにいます。
知識を蓄え、経験を積んだ気になっていても、本質的な人間性や、他者に寄り添い続けるための泥臭い努力からは、ずっと逃げ続けているような気がしてなりません。
ほどほどに何かが足りない。いや、ほどほどどころか、理想の姿と比べたら、今の私は「まだまだ、何もかもが足りない」情けない存在です。
それでも、サウイフモノニ
ささやかな日常の余白に安らぎを感じている自分。
それ自体は悪くないと思いつつも、その心地よさに甘んじて、自分を高める努力を止めてしまっている情けなさもあります。
完璧な聖人になれるなんて思っていません。
でも、だからといって、未熟な自分のままでいい理由にはならない。
日曜日だというのに、昨日退院したばかりの彼から電話が鳴り響きます。
「日曜日なのに」と苦笑しながらも、受話器を取る。
この一本の電話に、どれだけ誠実に向き合えるか。どれだけ真摯に、言葉を尽くす努力ができるか。
その小さな積み重ねの先にしか、あの20年後の渋い仙人のような姿は待っていないはずです。
「サウイフモノニ、ワタシハナリタイ」。
今の自分の情けなさと、圧倒的な努力不足をしっかりと噛み締めながら、少しずつでも、理想の背中に近づくための泥臭い一歩を踏み出そうと思います。
新しくなったアイコン共々、不器用で未熟な私の「相談支援専門員の日々」を、これからも温かく見守っていただければ幸いです。
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