給食の無償化について考えてみた ~ただって恐ろしくない?~
これは俺的、食の話です
いいですか、あくまでも俺的、です
ずいぶん昔のことですが
父親が近所の飲食店の借金の連帯保証人になりまして
よくある話ですが、飲食店のオーナーは夜逃げ
結局、両親が借金を肩代わりするハメになりました
2時間サスペンスのような出だしですが
これはノンフィクションです
その時父親は、我が家は詰んだ
もうすべておしまいだ、そう思ったそうです
0ならまだしも
底なしのマイナスへ転じたわけですから
ただ両親はそんなどん底の時でも
自分の子どもにひもじい思いをさせまいと
ご飯だけは腹いっぱい食べさせてくれました
そうするためには
馬車馬のごとく働かなくてはならず
そのため父も母も家にほとんどいませんで
我々兄弟は、母方の祖母に育てられたのです
しっかし、高度成長期の人間は強いですね
同じ人種とは思えない
あ
こんな苦労話からはじまってしまいましたが
俺は決して清貧の誓いを訴えたいわけではなく
貧困を美談としたいわけでもないのです
こんな話から始まったのは
食べる、ということが
人生にどれだけ影響を与えているかを
今一度、考えてみた時
そんな両親の背中が思い出されたのでした
ここ数年の物価上昇で
学校給食の質が落ちている
なんて話を聞きました
鶏唐揚げが、プラ皿に一個ぽつねん
中華サラダにハムが極わずか
ミートボールはたったの2個
悪意のある給食の献立がSNSで拡散・炎上し
刑務所の食事かと思った、とか
子どものことを考えろ、だとか
好き勝手言う大人がいることが
残念でなりません
そもそも給食っていくらくらいなんでしょう
そう思って調べてみましたら
札幌市の場合
小学校で1食当たりだいたい270円
中学校で330円くらいだそうです
このご時世
この価格で栄養価を考慮した一食を賄うって
奇跡だと思いませんか
それに加えアレルギーだなんだと
担当の栄養士さんの並々ならぬ努力を
感じざるを得ない
そんなこと考えなくとも、その労力は
容易に想像ができるはずなんです
そこにきて、給食費の無償化です
もう始まってるんでしょうか
国としては、なんとか少子化を抑止したくて
色々政策を打ち出しているみたいで
来年から高校の授業料も無償化になるんでしたっけ
同僚S子は、やったーって喜んでました
家計の負担が少しでも減るので
ありがたいことだと思います
ただ俺個人としましては
給食費の無償化に関しては反対なんです
それはですね
子どもの食の面倒は
親が看てあげてほしいから
親じゃなくても身近であればある人こそ
子どもの食を看てあげてほしいのです
それがどうしてもできない事情が
ある家庭があるかもしれません
しかしながら、この投稿はあくまで
おっさんのひとつの考えですので
傷ついたり反論したい方がいるでしょうが
そこは勘弁、許していただきたい
人には色々意見があるのです
言い訳話が過ぎました
本筋に戻します
人は学ばなくても死にませんが
食べなないと、確実に死にますよね
今の日本は、食べることが楽しみ・幸せ
みたいな風潮に犯されていまして
この風潮、良いことではあるのですが
食事の本来の目的は違うところにあって
命の保全、加護だと思うのです
その最も重要な親の責任を
無償化で放棄させてしまうのって
子どもにとっても残酷な話なんじゃないかな
と思うのです
自分の子どもに
美味しいご飯を食べさせてあげたい
両親のそんな姿勢を直に感じ取れないと
相手の気持ちになって考えるなんて
出来るはずがない
万人が必ずそうなる確証はありませんが
少なくとも自分は、そう学ぶことができました
母は、先の厳しい経済状況の中
給食費を3ヶ月ないし半年
年度によってはまるまる1年分
まとめて茶封筒に詰め俺に渡し
これで、あなたたちの昼ご飯は安心ね
そう言って微笑んでました
他のクラスメイトは
毎月ごとに支払っていたので
目立つことが嫌だった俺は
ぜひうちもそうしてほしい
と願っていたのですが
今思えば、自営業の厳しい現実を
経験しているからこそのやり方だったんでしょう
払えるときに払う
あの安堵するような微笑みが
今も鮮明によみがえるのです
残さず食べろ、嫌いな物も感謝して
そんなことは一切言われず
この歳になりましたが
食事は楽しみ以上に命の保全・加護なんだ
と親から学んだのです
何より、俺は守られている
という絶対的な安心を得ることができたのです
これって、すごく重要じゃないですか
いまだに、いまだにです
親が俺に必ず言う言葉は
ちゃんと食べているの?です
俺は料理好きで
味噌も梅ぼしも手作りしていて
その味噌樽をいそいそと持って帰って
その味噌で作った汁物をすすってる親が
ちゃんと食べいるのか
などとのたまうのです
きっとどちらかがこの世を去るときまで
俺は言われ続け
ちゃんと食べてるよ、と言い続けるのでしょう
それが、我が家の愛なのです
そして俺もまた、親の愛を受け継ぎ
身近な人にはしっかりご飯を食べてほしい
それは命の保全です、それは加護なんですと
言えるような大人になったのでした
俺は、そんな自分好きですよ
ですから
せめて給食費は
保護者が責任を持った方がいい
なぜならそれは愛の代償だから
どんな措置制度もそうですが
国の負担に慣れ過ぎると
その責任は薄まってゆきます
もはや愛などとは思えない
その代金は税金で支払われますから
完全な無償というわけではありませんが
極々、薄まってしまうんです
あげくなれの果て
こんなもの出して何考えているんだ
と、怒る人まで現れてしまう
刑務所の食事?
足りないから買い食いして
余計に出費がかさんだ?
刑務所に失礼極まりない話ですが
生産者や作り手を考える隙もない
痛々しい発言をする輩になってしまう
そんな気がするんです
んなわけで
山ちゃんは、給食の無償化は反対
責任のある食事って大事なんじゃないかな
あぁミルメークが、懐かしい
また給食、食べたいな
じゃーねー
