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なぜ「カワサキ」のバイクには、ホンダにはない“毒”と“ロマン”があるのか。――合理性と情念の境界――

はじめに:4気筒400ccという「絶滅危惧種」を巡る問い

数年前からカワサキがNinja ZX-4Rを投入し、400ccクラスに「4気筒」の咆哮を呼び戻した。かつてのZRX400やゼファー、もうちょっと前だとFXとかを知る我々世代にとって、それは狂喜乱舞のニュースだった。しかし、一方で冷徹な現実も突きつけられる。現代の排ガス規制という高い壁の前で、多気筒エンジンは「低速トルクの細さ」や「コスト増」という宿命を背負わされている。ゆえに世間は小排気量バイクは「パラツイン(並列2気筒)こそが最適解」という風潮だ。効率、燃費、扱いやすさ。それらを追求すれば、答えは自ずと2気筒に集約されるのが21世紀の「正解」らしい。

と、ここまでは何かの受け売りです。しかし4気筒と2気筒、素人が単純計算したって部品点数が半分で済むならそっちの方が有利でしょうよ?車じゃあるまいし。。とは想像がつく。だが、我々がバイクに求めているのは果たして「正解」だけなのだろうか?

1. 「スーパーカブの延長線」にあるホンダ、 「戦闘機」のDNAを持つカワサキ

バイクメーカーには、その出自からくる抗えないDNAというものが存在すると思う。

世界最大のメーカー、ホンダ。そのラインナップは、どれだけ排気量が大きくなっても、どこか「スーパーカブ」の延長線上にあるような潔癖さと安心感に満ちている。先祖は、ママチャリ。これはホンダ車に乗ると割とマジでわかる。本田宗一郎が掲げた「技術で人を幸せにする」という哲学は、究極の道具としての完成度を生んだ。次に日本を横断するような長距離の旅に出るなら、ハーレーではなくホンダ車で行きたいと願う自分がいる。安心感が違うもの。

※余談だが…大陸横断するハーレーにとって、アメリカ大陸の砂漠のど真ん中で「故障」することは死をも意味する。ゆえに信頼が大事で、1気筒死んでも走るようVツインであり、そして構造が単純でその辺のガソリンスタンドやガレージで整備がしやすいよう、OHVを採用している…

みたいなストーリーを聞かされたことがある方もいらっしゃるだろう。

はっきり言って、ありゃ嘘だよ。よくわかっていない物書きの人が妄想とロマンで書いた広告記事だよ。信頼が大事つーならうちのハーレーのようにオイル漏れしたり、潤滑不良で焼きつきを起こしたりなんかしないもの。

スーパーカブにクラッチレバーが存在しない意味(ナンなら左手スロットル)

対するカワサキはどうか。川崎重工業という、航空宇宙や造船、鉄道車両を手掛ける巨大な「重工業」の一翼。彼らにとってバイクは、空を飛ぶ機械――すなわち「戦闘機」の系譜だ。ホンダが「不快なノイズを消す」ことに腐心する横で、カワサキは「エンジンの咆哮を聴かせる」ことに命をかける。その武骨で、時に不器用なまでの力強さは、生活に寄り添う「道具」というよりは「戦闘機の延長線上に存在する」という気にさせるブランディングをやっている気がする。映画トップガンで戦闘機乗りのトムクルーズがGPZ900Rを駆ったのは、決して偶然ではない。

重工製戦闘機:飛燕

2. 「液晶メーター」と「アナログ二眼」が語る、決定的な思想の差

この違いが最も顕著に現れたのが、近年のニューモデルの「メーター」だ。
ホンダは最新のCB1000Fに、多機能で視認性に優れた液晶メーターを採用した。論理的で正しい進化だし、部品点数もグッと減る。

「最先端こそ正義。情報の集約こそがライダーへの誠実さですヨ」

という、ホンダの優秀なエンジニアの声が聞こえてきそうだ。ただ、、いわゆる日本人がイメージする「ネイキッド」スタイルでボディがデザインされているだけに、ここだけ違和感を感じる気が…しなくもなくもない。

「時速80キロ出ていることを”80キロ出てるよ”と的確に伝えるには、そしてスマホ連携とかもするには、デジタルメーターが最適解でしょ?」

一方、カワサキのZ900RSはどうだ。まさかのアナログ二眼メーターを搭載してきた。イグニッションを回した瞬間、二つの針がスイープし、加速に合わせて物理的に跳ね上がる。


コストもかかり、情報量も液晶に劣る「針」をあえて選んだのは、それが「機械が動いている実感」というストーリーを語るからだ。全体的な佇まいも、「こうだよね」とまとまっている感じが…しなくもなくもない。

「だってかっこいいでしょ?男の子って、こういうの好きなんでしょ?笑」

という、カワサキ開発陣の確信犯的な声が聞こえてくるようだ。

こういうの、好きだべ?

3. 「やらせてもらえない」ホンダと、「やってしまう」カワサキ。でなければ今さらメグロブランドをつけたバイクを出すだろうか?

なぜこれほどの差が生まれるのか。それは企業内の「パワーバランス」に起因している。ような気がする。

ホンダにとって二輪は世界を支える、そして企業としての「本業」だ。株主への説明責任、世界市場での最大公約数的な正解。マーケティング部門が「効率」を叫べば、技術部門は「合理性」で応える。ゆえに、水冷エンジンに「空冷風のフィン」を付けるような、機能的に意味のない装飾は「やらせてもらえない」のだ。
もてぎや鈴鹿サーキットを所有しているのはさまざまな由来や理由が語られているが、根幹にあるのは他でもない「それが基幹事業だから」、だ。

もてぎ

しかしカワサキは船舶・鉄道車両・航空機・ガスタービン・ガスエンジン・油圧機器・産業用ロボット…実に多くのものづくりをしている。エネルギープラントさえ手がけている。二輪は、巨大な重工業活動の中のたったいち事業部門であり、「看板」であり、「広告塔」であるとも言えよう。多少の非効率やコスト増があっても、「カワサキのブランドイメージを背負うため」という大義名分があれば、技術者の「情念」をマーケティングの「正論」が上回ることがあり、その逆も許される。そして「こういうバイクを求める、カワサキブランドを好きでいてくれる我々のユーザーは、どういう”悪い(ある意味)”大人たちか」を、心の底から解っている。でなければ、現代では非効率なアナログ二眼メーターを実装する理由があろうか。

サーキットなど持っておらず、明石工場のど真ん中に長大な直線テストゾーンがある…というのも、二輪がいち事業部に過ぎない証拠だ。それも「元々は戦闘機のテスト離着陸のためのスペースだったんです(川崎重工広報ご担当者様談)」というから、やはりカワサキのバイクのDNAは戦闘機なのだ。

明石工場

むすび:我々が求めているのは「移動」か「物語」か

いわゆるスクーターや原付二種のバイクは、「日常の足」としての側面がとても強い。Uberの配達をしようという時にうちのハーレーのように「あ、すんません、今日もオイルが漏れてます」とか「今日はエンジンのかかりが悪いっす。ご機嫌ななめっす。」なんて許されないのだ。朝きちんとエンジンがかかること。ゆえに、ホンダの二輪は「信頼性」に何よりも重きを置く。

一方で、「バイクは趣味の乗り物」という側面も持つ。直接職場までバイク通勤ができる環境ならともかく、電車通勤を基本とする生活をする限り、駅前の駐輪場は自治体が経営するケースがほとんどであり、自慢の大型バイクを停めることはできず、通勤には使えない。結果、週末やちょっとした長期休暇時のツーリングやレジャーに用いられるのがほとんどである。ゆえに、カワサキは選択と集中、現在はOEMとしてさえスクーターはラインナップせず、中排気量以上のバイクに振り切っている。趣味の範疇なら、ちょっとしたトラブルさえもそのスパイスになることさえある。あくまで「ちょっとした」、ね。

絶対に壊れないクオリティと合理性のホンダ。
喧嘩上等、非効率さえロマン、「漢」カワサキ。
デザインと「音」を奏でる楽器としてのヤマハ。
「庶民の味方」低コストと品質の鬼バランス、スズキ。

面白いなぁ。ヤマハとスズキも今度語ってみようかな。

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