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DB Gruppe-62客車の系譜:Avmz 111.0



はじめに

1962年に戦後の西ドイツで登場した初めての全長26,4mの長距離優等制式客車としてGruppe-62系列の1等座席車(区分室、開放室客車)と食堂車、そしてドームカーの4形式が落成し、オランダのAmsterdam CS / Hoek van Holland とスイスのBasel SBBを結ぶDBの看板列車 F-Zug "RHEINGOLD"として華々しくデビューを果たしました。
この1962年と翌年に落成した1・2次車の4形式は、Rheingold-Wagenと呼ばれています。

この4形式は、第2次世界大戦敗戦後にDB(ドイツ連邦鉄道)として東西分割された西ドイツの鉄道事業を担う新たな鉄道事業者として発足した組織により、戦後復興もようやく一段落した1950年代初めから全長26,4mの車体を持つ新たな長距離客車を模索し、先行して製造が急務とされたD-Zug向けGruppe-54を開発。新たな標準型客車としての基礎を作りました。
このGruppe-54をリファインさせたのがGruppe-61で、全長が同じ26,4mながら、貫通路の4枚折戸から2枚引戸、出入口扉を開き戸から折戸となり、側窓の幅を1.000 mmから1.200 mmに拡大したことで車内空間をより広く明るく見せるための工夫を凝らした車両となり、この61系列客車がUIC-Xとして、西ドイツ以外の欧州西側でも標準型規格として広く普及してゆきます。

一方で、それまでのF-Zug標準色だった鉄青色(Stahlblau)から戦後設計のやや明るいコバルトブルー(Kobaltblau)1色に塗装されたGruppe-54(AB4ümg-54)やGruppe-61(A4üm-61)客車の1等区分室客車は、それまでF-Zugで運用されていた戦前形客車から順次変わられ快適性が増す中で、F-Zug "RHEINGOLD"と"RHEINPFEIL"の2つの姉妹列車は、戦前生まれのSchürzenwagen(スカート客車)で運用され続けていました。

それは、さらに快適性を重視した西ドイツの"RHEINGOLD"として相応しい客車の開発がDBと車両メーカーによって慎重に行われていたことによるものでした。
そして1962年の夏ダイヤ改正で登場した1等区分室客車、1等開放室客車、食堂車、ドームカーの4形式(Gruppe-62)のうち最も車両数の多いのが1等区分室客車(Av4üm-62)になります。

1962年に設計・製造されたGruppe-62客車は、ハード、ソフト両面でDBが持てる技術を惜しみなく投じ、高い水準で実現した車両であったこともあり、高い評価を得たことから当初の計画を遥かに上回る車両数が製造されました。
この項目では、開発から派生車種に至る同形式(1〜5次車)の変遷を辿る内容にする試みをしたいと考えています。また、6次車以降については別稿で記事を予定しています。

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