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読書感想文~22世紀の資本主義~

こんばんは、無糖ラテです。
今日は成田悠輔さんが書いた22世紀の資本主義について感想を書きたいと思います。

ジャンルとしては哲学書に近い気がします。
何かノウハウが詰まっているという訳ではなく、これまでの常識を覆すような22世紀で起こりうる新しい資本主義のあり方について述べられています。

したがって、この本を読んだからといって私たちがどう行動すべきか理解できる訳ではないです。
ただ、目まぐるしく変化する世の中だからこそ、こういう新しい価値観に触れる必要もあると感じました。

概要

本書を以下の3点でまとめました。

  1. あらゆる価格が人によって変わる一物多価の時代が到来する

  2. お金ではなくアートークンで経済取引が媒介される

  3. 測らない経済になる

1. 価格が人によって変化する一物多価の時代になる

一物多価の時代とは、モノを購入するときやサービスを受けるときに人によってその価格が変わるということです。
例えば裕福な人には高い価格で提示され、貧しい人には低い価格で提示されるようになる、ということです。

今の世の中ではありえないと思うかもしれませんが、常連だから安くすることや、特定の人にクーポンをあげる、ポイントを2倍にする、といったことがより一般的になると思うと、起こりそうな気がしますよね。

2. お金ではなくアートークンで経済取引が媒介される

アートークンというのは本書で定義されている用語です。

動画や音楽・言語などはもちろん、食べ物や飲み物、家具や建築まで、五感や様々な物質・情報のあらゆる組み合わせで表現されるアートークンが作られる。

成田 悠輔. 22世紀の資本主義 やがてお金は絶滅する (文春新書) (p.18). 文藝春秋. Kindle 版.

言い換えると、お金という感情が伴わない無味乾燥のものではなく、アートークンというその人のアイデンティティ、経験、人柄のようなものを経済活動の媒介に用いられるということです。

例えば、ラーメン屋での経済活動を考えます。
この時店員側は、ラーメンの味や接客を通してお客様を感動させたというアートークンを積み上げることができます。
客側は今回得たサービスに見合うアートークンを自分の仕事を通して獲得すれば良い、ということになります。

このように、アートークンをお金の代わりに媒介することでやり取りの中にお金では表現できない価値をもたらすことができます。

大前提として、人の感情的な部分を情報として保存するのは困難ですし、これがまさに現在においてはお金を使わざるを得ない要因になっています。

しかしAI等の発展によって人間の感情や性格といったデータも扱うことができるようになれば、アートークンを経済の媒介に使うことができるようになるということです。

3. 測らない経済になる

一物多価の時代やアートークンによる経済取引によって、測らない経済になると主張されています。

これまでの世の中では、お金を持っている人の方がすごいという価値観がありますが、一物多価になると、お金を持つことに対する優位性というものがなくなります。

またアートークンという定量的に評価できない複雑な媒介で取引されることで、どちらがどちらよりも優れているという考えになりにくくなります。
このようにして測らない経済が到来するということです。

測らない経済は良いのか?

さて、測らない経済の発展は私たちにとって良いのでしょうか。

私は多くの一般人にとっては良い話だと考えています。
なぜなら、現状お金を持っていなかったり、お金を稼ぐことが困難に感じたりする人にとっては、お金という一つの指標ではなく、アートークンという多面的な指標に基づいて評価されるようになるからです。
お金は稼げないから芸術は諦めよう、将来のことを考えて嫌だけど数学を勉強しよう、という人にとってはそういったしがらみから脱却して本当にしたいことをやっていける時代になるのではないかと思います。

また、そもそも社会貢献したいという感情ベースで行動し、活躍している人にとっても問題はない話だと思います。
そういう人はお金や名誉は目的ではなく結果であるため、測らない経済になったところで、自分のしたいことが変わったり、できなくなったりすることにはつながらないからです。

さて、ここからは活躍している人に対する私の僻みもありますのでご承知おきください。
唯一測らない経済に反対するのは、自己実現のために努力して有名になった人かと思います。
こういった方々はお金を稼ぐことや活躍することを目的に行動してきた人なので、お金の価値がなくなったり、他人と比べられなくなったりすることは人生をかけて行ってきたことを放棄することになると思います。
したがって測らない経済で唯一害を被るのではないかと考えています。

私は一般人なので、少なくともこの社会におけるメリットは受けることができる側だと考えています。
アートークンによる媒介が主流となり、お金や他社比較での優越性に価値がなくなる日は22世紀を待たずとも、そう遠くないと思います。
したがって私は、お金や承認欲求を満たすために努力するのではなく、心の底から楽しいと思えることや、人の役に立つということをしていくことを自分の人生の目的に置きたいと思いました。

本当に測れない経済になるのか

さて、ここからは私が感じた本書に対して少し納得できなかった部分についてお話いたします。
私がこの本を読んで測れない経済に対しては肯定的にとらえています。
一方で、人間というのは承認欲求というねちっこいしがらみがある生き物だとも思います。
したがって、測れない経済において、人間はどのような形で承認欲求を満たすことができるのだろうかという疑問が生じました。

モテたい、認められたい、活躍したい、優越感に浸りたい、こういった感情は現代において多くの人が一度は考えたことがあることだと思います。

したがって、測らない経済が一般的になった世の中においては、こういった感情はそもそも生じなくなるのでしょうか。
私の意見としては、アートークン自体が結局優劣の差をつける要因になりうるのではないかと考えています。

お金という一つの価値基準においては判断されないとはいえ、アートークンは様々な軸の総合点として評価する指標になる可能性もあるかとは思います。

定量的に測ることはできないとはいえ、何かを利用するときの価格やサービスにおいて他人との差を目にしたときに、ああ、今の自分の立ち位置はこれくらいなのかと暗に感じてしまう可能性があります。
あるいは承認欲求にとらわれた人は、他人が受けた価値やサービスを聞いて自分と比較するようになるかもしれないです。(現代において自分が優越感に浸るために年収を聞く人のように。)

したがって、お金のような1つの指標だけではないとはいえ、複数の指標の総合点で評価されるようになるのではないか、ということです。
たとえそれが定量的に数値化されいないからといっても、比べる方法は存在してしまうと考えています。

お金という1つの要素だけで評価されるよりも多元的なアートークンで評価される社会は少なくともベターではあると考えています。
ただ、だからと言ってそれが測れない経済になるということには少し納得できませんでした。

さいごに

結構難しい本でしたし、読んだ後スッキリするような感情にはなりにくい本だとも思います。

しかし、将来の世の中の方向性として起こりうる予測を知ることができてよかったです。

ちょうど数日前に令和の虎に成田さんが出演されていました。
動画の内容も非常に面白かったので、本書を読む前でも後でもよければ見てみてください!



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