呼吸によって永遠に触れる①
呼吸の秘密について迫ります。
私たちがまだ母親のお腹の中にいたとき
胎児の肺は、子宮の内の羊水と
肺の細胞が分泌した肺胞液に満たされていました。
そこに空気は入っていなかったのです。
しかし、産道を通るときにその多くを吐きだし、
生まれ落ちたときの最初の呼吸で、
すぐに肺は空気で満たされた状態になります。
そして胎児特有の血液循環から
肺を経由する本来の人間の血液循環が始まります。
その血液循環の経路の移行は、
まさに「一息の内」に一気に起こるそうです。
その最初の命がけの尊い一息が
「存在」とあなたを繋ぎ
「存在」をあなたという乗り物に乗せて
「人生」へと送り出す合図となります。
まさに、最初の一息で、
「人生」が起動します。
その「人生」とは
「大いなる存在としての自己の歩み」に
他ならないのですが
私たちは世の中で生きるにつれ
だんだんと「世間で生きる自我」を「自己」と勘違いすることによって
自分というものを矮小化してとらえるようになります。
というか、そのようにプログラムされています。
それは、もう、逃れられないシステムとしてそうなっていて、
言い換えれば、神のプログラムです。
ヨガの呼吸法のひとつに、クンバカというものがあります。
「止息(しそく)」と訳されて、「息を止めること」によって
体内の圧が上がりさまざまな効果があると言われています。
やってみれば、相応の効果が感じられもします。
ただ、「止める」という作為がほんとうに有りなのか?
という疑問がずっと私の中にありました。
呼吸は本来
止めてはいけないもののような気が
私の中にうっすらとあり続けていました。
その後
「クンバカは『自然に起こるもの』」
という言説をどこかで目にして、
なるほど!と思いました。
そうか、自然に起こるものであるなら、
作為ではない。
ただ、どうやって起こるのだろう?
という疑問が残りましたが
それは修業の先にある成果なのかな?
位の感覚でいました。
でも、その本質が実はもっと違うところにある、
ということに行き着きました。
その②に続く
