adieu(上白石萌歌)「untitled」歌詞考察:名もなき関係性の賛歌
adieuこと上白石萌歌さんが歌う「untitled」。その「無題」というタイトルは、この楽曲が描く、言葉では定義できない複雑で繊細な感情や関係性そのものを象徴しているかのようです。JQ(Nulbarich)が手掛けた歌詞の世界を紐解きながら、その奥深い魅力に迫ります。
水の惑星で生きる「私」の葛藤と渇き
雨が降れば傘をさして
避けながら住むここは水の惑星
ふやけるほどはいらないね
でもほどほどには潤して
冒頭のこの一節は、楽曲全体の世界観を巧みに描き出しています。「水の惑星」という比喩は、時に冷たく、時に心を潤す人間関係や感情の波が行き交うこの世界そのものを表しているようです。「雨」を避けようと「傘をさす」姿は、傷つくことを恐れ、他者と一定の距離を保とうとする現代人の心の壁を思わせます。
しかし、「ふやけるほどはいらない」けれど「ほどほどには潤して」ほしい、という願いに、「私」の矛盾した、しかし切実な渇望が表れています。人との関わりを完全に断ちたいわけではない。むしろ、適度な距離感で心を潤してくれる存在を求めている。この絶妙な心の機微が、聴く者の共感を呼び起こします。
思えば思うほど動けなくなって
もがけばもがくほど振り出しに戻って
知ったかぶった愛をまた振り翳して
考えすぎて身動きが取れなくなったり、焦れば焦るほどうまくいかなかったり。そんな内面的な葛藤の中で、「私」は「知ったかぶった愛」を振りかざしてしまいます。これは、本当の愛を知らないまま、あるいは自信がないままに、聞きかじったような言葉や体裁で自分を武装してしまう弱さの表れかもしれません。
救世主としての「君」と「カリオストロ」の比喩
そんな葛藤の中にいる「私」にとって、「君」は特別な存在として描かれます。
空は群青色のパレット
好きなだけ宝石を散りばめると
不安ごと奪っていく君はまるでカリオストロ
いつも逃さない私のSOS…SOS
「私」の心の叫びである「SOS」を、いつも見逃さずに受け止めてくれる「君」。そして、その不安をまるで宝石のように美しいものへと変え、奪い去ってくれる存在。それを「カリオストロ」と表現している点が非常に印象的です。
これは、名作アニメ『ルパン三世 カリオストロの城』へのオマージュでしょう。城に囚われたクラリスをルパンが救い出すように、「君」は「私」を苦しみから解放してくれる救世主のような存在なのです。この鮮やかな比喩によって、「私」にとっての「君」の存在の大きさが際立ちます。
「変わらないで」と願う、飾らない君の姿
楽曲を通して何度も繰り返される「変わらないで」というフレーズ。この願いは、サビで歌われる「君」の具体的な姿に向けられています。
変わらないで ねぇ
いつかまた会えるその日まで
儚くて
飾らない目
穏やかな声
少しだけ冷たい手
君はそのままでいて
「飾らない目」「穏やかな声」「少しだけ冷たい手」。これらは、「君」の本質を象徴するディテールです。華やかさや完璧さではなく、ありのままの、少し不完全さも感じさせるような君の姿そのものが、「私」にとって何よりも愛おしく、心の拠り所となっていることが伝わります。変化の激しい世界の中で、その純粋な本質だけは失わないでほしい、という切なる祈りなのです。
「untitled」な愛の行方
物語は、「私」の決意で締めくくられます。
君が難解な愛を解いて
我が儘な私を許すだろう
その飾らない愛を持って
君のもとへ
今まで「知ったかぶった愛」や「宛名のない愛」を彷徨っていた「私」。しかし、「君」との出会いを経て、その「不確かな愛」を抱きしめながらも、最終的には「飾らない愛」を手に、「君」のもとへ向かおうとします。
恋愛、友情、あるいはそれ以上の、どんな言葉にも当てはまらない「untitled」な関係。この曲は、そんな定義できない繋がりの尊さを、adieuの透明感あふれる歌声を通して美しく肯定してくれます。名付けようのない感情に戸惑うすべての人々の心に、静かに寄り添う一曲と言えるでしょう。
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