いつまで経っても続編が出ないのでいい加減サクラノ詩について
※サクラノ詩が好きな方、シナリオライターが好きな方はこの時点で読むのをやめてほしい。
※2 そんなに言うならお前が書けという論点のすり替えをする方も、この時点で読むのをやめてほしい。
最初に語っておくと、僕はケロQ/枕というメーカーとシナリオライターが嫌いなわけではない。
素晴らしき日々の希美香エンドはいいエンディングだと素直に感動した。一番好きなのは、文学を引用し、成長する(同時に落ちていく)ざくろ視点の3章というくらい好きである。
ただ、どうしてもサクラノ詩については
個人的な感想…
「引用ばっかりじゃねーか」
なぜこう思ってしまったのかは下記でつらつらと語る。
「素晴らしき日々」と「サクラノ詩」
どちらも同じ作者で同じ会社から発売されているというのは把握していた。
ブランドが「ケロQ」と「枕」であることも把握して……いた。
じゃあ何が僕の中で合わなかったのか。
①どんでん返しのワンパターン化
素晴らしき日々では、群像劇にして話の根源であるトリックを、あくまで視点を変えるという方法で隠している。
この手法はいろんな作品で使われている。
映画でいうと
クエンティン・タランティーノ監督の「パルプ・フィクション」
ラノベで言うなら「デュラララ」の第一巻
漫画やアニメに詳しくない人、でも三谷幸喜の「有頂天ホテル」など。
ただサクラノ詩は、主人公一人の視点で基本語られる。(過去を除く)
なので群像劇のように、視点の切り替えと同時に話が進んでいき、だんだんと語り部である主人公たちに感情移入していく、ものではない。
この話の主人公である「草薙直哉」は、プレイヤーに感情移入させるタイプである主人公ではなく、プレイヤーを置き去りにする主人公である。
サクラノ詩のストーリー展開は常にワンパターンである。
主人公・直哉「○○だったな」
ヒロイン「○○だな」
この時点で主人公とヒロインの間には、何らかの事情があるのだろうとわかるが、それを教えない。→
話が進む→
こういう事情だったとプレイヤーに明かされる→
驚き
これを数回繰り返される。
素直に思った感想が
「一回でいい…」
プレイヤーにあえて語らないという叙述トリックは数多の作品で見てきた。
なんならライターの過去作である素晴らしき日々でも見てきた。
主人公の時点で語られつつも、主人公は手の内を明かさない。なのに話が進む。
ここを更にわかりやすく推理小説でたとえるなら
トリックや動機に関わるヒントを与えずに「推理しろ」と読み手に無理強いするような構成になっている。
無茶である。
草薙直哉という主人公とプレイヤーである僕はこの時点で解離していた。
②話がまとまっていない
発表から10年。
企画段階だともっと前から話は進んでいただろう。
ただサクラノ詩という作品はいらないものが多いのだ。
メインヒロイン、稟のキャラをラストのイメージで推すのなら、稟ルートとは一体なんだったのだろうか。
稟の才能を吹が預かっていたから返した、というエピソードは4章で語られる。稟ルートとはあくまで前座なのだ(正直ここを削って4章以降の稟にふってもいいかと思った)
そして伯奇という伝奇要素はなくしてもよかったんじゃないだろうか…
この要素があったことにより、芸術・天才というテーマがぶれてしまったのではないだろうか。
そう思わせてくれたのは
佐々木柚香(SWANSONG)こと「長山香奈」の天才への憧れと理解である。
アマデウスを引用して語られる天才モーツァルトの音楽を誰よりも理解できるのは、理解できる知識と目をもったサリエリである。
だからこその絶望。
サクラノ詩の後半になるにつれ、神に愛される天才、と秀才の違いがテーマになっていく
。
彼女と後半の本物の天才という話を根底に置くのであれば序盤の伝記はいらなかった。
そう。僕が不満に思っているのは
シナリオ量が多い=傑作
ではなことだ。
ミドルプライスの作品で、完成度が高いものはいくらでも存在する。
それはシナリオの質がいいから完成度が高くなるのだ。
しかし、サクラノ詩はシナリオ量がこれだけあります!とライターがごり押しいるような印象を受けるのだ。
シナリオ量が何MBもあれば、何時間も遊べる。
それはプレイヤーとしてうれしいことだ。
ただしその前提として、「面白い作品」を「何時間も遊べる」というのが条件である。
そう考えて、サクラノ詩は本当に面白いシナリオだっただろうか。
いらないもの…多くなかったでしょうか。
これは10年という長い時間のせいかとも思われます。
前に一度サクラノ詩として発表してしまった作品。固定のファンがついた作品。
その要素を残そうとしつつ、別のテーマに移るのであれば
また別の作品としてリリースするのも一つの手ではなると思うのだ。
サクラノ詩が発表される10年間
「SWANSONG」が発表された。
その中の佐々木柚香という天才に悩まされる少女。
長山香奈という才能に嫉妬する秀才という構図はすでに同じエロゲーで発表されているのだ。
その10年。
いらないところもでてきただろう。
ストーリー根幹で不要なシーンも多々あっただろう。
話は変わるが、映画は一本の映画を取るときに、予算、上映時間に合わせてよくて3分の1、多くて7割ものシーンを削るのだ。
そうして完成度の高い一本の作品ができあがる。
ただ書き綴るだけではなく、推敲し、バランスを考え、読者に伝える。
10年をかけたことでサクラ詩という作品はゆがんでしまった。
削るなだスパッと消して、作品としてのクオリティをあげるべきだと、思う。
➂THE・引用祭り
「●●●●…△△という人物の言葉です」
「●●●●…△△だな」
「●●●●…ですよ」
と有名な哲学名言をどや顔で語るヒロインたち。
これが話の多くを埋め尽くす。
引用は好きです。
ですが、その引用の言葉を使い、自分の作品としてどう昇華するのかがサクラ
詩では明かされません。
コピペ、コピペ、コピペ、コピペ
一かげん自分の言葉で会話してみろよ!と何度も思いました。
④最終章はわくわくしたが…
問題の最終章。
主人公は大人になり教師となる。
親友を失い、空虚な人生を送っていた。
そんな中美術部員の女性ととふれあいイチャイチャ(エロシーンがないのはなぜだ)
そして話は盛り上がり、
主人公たちは一泡吹かせてやろうと、わきあいあいして世の中をあっと驚かせる――
そして話はサクラノ刻へ――
つまりこの作品は、
フルプライスでありながら、
10年の製作期間もありながら、
完結していない。
続編もシナリオライターの語りのみで形成されており、
進捗も何も出ていない。
正直、サクラノ詩のフルプライスでの完成度は納得いけなかった。
続編まで評価を待とうと思ったが、今年中にも発売目途はたっていない。
投げやりな作品がここまで評価されることに納得がいかない僕でありました。
