見出し画像

天声人语|内館牧子さんの思い⁽²⁰²⁵⁻¹²⁻²⁸⁾

あんたたちにわかってたまるか。思わず舌打ちした瞬間、はっとしたという。では、自分はどうなのかと。28年前の夏、脚本家の内館牧子さんが話してくれた。その手に、東大紛争後に生まれた学生たちが安田講堂事件を劇にすると報じた新聞記事があった▼

内館さんを訪ねたのは、以前に放映された民放ドラマ「リトルボーイ・リトルガール」を書いた思いを聞くためだった。広島に落とされた原爆「リトルボーイ」が、純粋な少女たちの命を奪った物語だ。東大紛争の劇の記事は、ちょうどその脚本を書いている時に読んだという▼

全共闘世代の一人として、「あの時代を知らずに劇などできるものか」といらだったそうだ。はっとしたのは、戦後生まれの自分も、原爆のドラマを書いていると気がついたから。「己の狭量さに愕然(がくぜん)とした」▼

「想い出にかわるまで」や「ひらり」などの人気ドラマで注目された内館さんは当時、NHK大河ドラマの原稿書きに追われていた。時間も余裕もないと取材を断られたのだが、数日後に「あのドラマは特別だから、やっぱり受けるべきだと思う」と連絡があった▼

突然の訃報(ふほう)に驚き、ドラマ放映後に出た小説版を読み直した。45人の教え子を亡くした元教師が、毎年8月6日に広島へ行く。夏服で軽やかに歩く現代の少女らに、平和への思いを新たにする姿が印象的だ▼

「わかってたまるか」ではなくて、「伝えていかなくては」だったんです――。そう語った内館さんの表情を思い出す。

内馆牧子的心念

“我不由得咂舌道:你们怎么可能懂得。脱口而出的一瞬间,猛然想到,那我自己又算什么呢?”28年前的夏天,编剧内馆牧子女士曾对我如此说道。她手上,拿着一张报纸,上面报道的是在东京大学事件后出生的学生们,把安田讲堂事件改编成了剧本。

译者注:东京大学事件(东大纷争)是1968-1969年发生于东京大学的学生抗议运动,被视为日本战后学生运动的高潮之一,最终以政府强制清场、东大停课及入学考试中止告终。

我访问内馆女士,是为了了解她创作《小男孩与小女孩》的想法,以前,这部电视剧在民营台播放。该剧讲述了投向广岛的原子弹“小男孩”,夺走了纯真少女们生命的故事。据说,她正是在写作这部剧本的时候,读到了那篇东京大学事件改编剧本的报道。

译者注:未找到「リトルボーイ・リトルガール」的中文译作,《小男孩与小女孩》系译者翻译。故事背景是日本广岛,以描述战争年代女学生的生活为主,而小男孩,是在广岛投下的原子弹的名称。

作为全共斗的那一代人,她急道:“没经历过那个时代,能写出什么好剧本?”可自己二战后出生,不也在编写原子弹爆炸的脚本吗?所以她猛然醒悟了,“我为自己的狭隘而感到愕然”。

译者注:全共斗(全学共斗会议)是日本1968—1969年学生运动中形成的跨学部、跨校抗争协调组织,因东大安田讲堂事件而具代表性,并于警方强制清场后逐渐解体。

当时《直到变成回忆》、《力与美》等电视剧引起反响,内馆女士也红极一时,她正没日没夜地编写NHK大河剧的剧本。她以没有多余的时间与心力为由,拒绝了我的采访。没成想几天后,又联系我说:“那部剧和别的不一样,我觉得有必要接受您的采访”。

突如其来的讣告令人震惊。我把电视剧播出后推出的小说重读了一遍。其中有个角色以前是做老师的,她失去了45名学生,每年8月6日都会去一次广岛。她看着身着夏装、步履轻快的当代少女,心中再次唤起对和平的思考,这一段让我印象深刻。

不能说“你们怎么可能懂”,而是要说“我们必须把这些故事讲下去!”内馆女士讲出这番话时的面孔,再次浮上我心头。

いいなと思ったら応援しよう!