「じゃあ、どうしたい?」|問いかけたことで起きたこと、それは…
昨年の11月、ずっと移住の妄想を抱いていた土地を
初めて訪れた
実際に訪れてみて、
ああ、やっぱりここに住みたい、とおもった
じゃあどうしたい?
そのために何をしよう?
そう自分に問いかけた瞬間に、一斉に動き出した
・
直前まで、
「べき」と「ねば」
「不安」と「恐怖」
しかなかった
「仕事をやめて移住するなんてリスクだ…」
「仕事を先に見つけないと…」
「家のローンを組むならしばらくは勤め人のままでないと…」
「フリーランスなんかじゃ暮らせっこない…」
「収入が●●円以上なくては…」
etc etc …
エンドレスに恐怖と不安を煽ってくる”ねばべき鬼”の声
これらの”ねばべき鬼”の声ばかりを聞いていた時の自分には
実はそこには無数の選択肢があったのに見えていなかった
怖がらせて「いつもの場所」に押し込めようとする声が
脳内に大音量で響き渡って
本心をかき消していた
・
少し時間はさかのぼるが
衝撃を受けた映画があった
「老後の資金が足りません」
特段、何か想いがあって観たわけではなかった
しかしそこには、
今までの価値観を大きく変えるようなメッセージがあった
・
さらにさかのぼる
20代のことだから20年以上前のことだが
カナダ語学留学時代に仲良くなった友人と
帰国してからも何度か集まる機会があった
信頼していたし、人として尊敬していたし
いつも彼やその仲間といる時間はわたしにとって
心からその関わりを楽しんでいる時間だった
その友人にある時、突然言われた
「●●(←わたしのこと)って
金さえあれば生きていけるって思ってるよな」
…なんの脈絡から生じたことか全く覚えていないけれど
もうこの人とは関われない、そう思った一言だった
同時にそれは
そのことばがそこまで自分に刺さるということは
本当に自分は”そう”思っていて
そう思っている自分を全否定して嫌っている
ということなのではないかと考えた
その”自覚”のせいか
(もしかしたら”呪縛”だったのかもしれないけれど)
30代はひたすら”お金モンスター”
「お金を貯めるにはどうしたらいい?」という視点で
全ての行動が決まっていっていた気がする
「やりたいこと」なんて、なかった
小さな、日々の欲求を満たす行動が
ちゃんとそこに存在していても
その行動を認知して感謝することもなかった
・
映画を観終わったとき浮かんできた
「シェアハウスのオーナーになりたい」
「人々の住まい方の選択肢を増やしたい」
「みんなが(わたしも含めて)こんな風に、
社会の中でつながって助け合って暮らせたら」
純粋に、そう思った
温かいものが全身を包むような感覚と共に
そこには、長い間自分を縛ってきた
”お金の呪縛” から解き放たれるような感覚が
(ことばにはなっていないけれど)あった
・
そうして今、わたしは
シェアハウスに実際に暮らすということを通して
シェアハウスに住まうこと・経営すること
それぞれについて学び
希望の土地で物件をリサーチして過ごしている…
…が想定とはずいぶん違う状況になっている
暮らし始めてみたら、想定していない”影響”があった
オーナー夫妻や、暮らす人たちとの関わりの中で
先の”お金の呪縛”ともまた異なる様々な固定概念に気づかされ
それらが変容して心が軽くなっていくことだった
「シェアハウスオーナーのための学びの場」
のことはすっかり忘れてしまって
ただそこでの暮らしを楽しんでいる自分がいる
(楽しむ中には、ポジネガ両方の体験があることも含めて)
願って、行動すると、
行動する前には思ってもいなかったことが起きる
起きたことを
「今の自分に必要なものを必要なタイミングで
与えてもらっている」
としっかり受け皿をもって受け取れる
シェアハウスでの人との関わりは
とんでもない財産となった
「シェアハウスオーナーになる」ことは
今、横に置いている
・
冒頭の、移住の話に戻る
「どうしたい?」単純な問いかけを投げかけた
シェアハウスの選択のように
「A」の動機でスタートしたから「A」が待っているとは限らない
その先に何があるかはわからない
でも、ただ、やってみたい
”ねばべき鬼”の声を聞く代わりに
「やりたいこと?」を問いかけた瞬間
フワッと軽い空気が自分の中に流れた瞬間があった
様々なことが一斉に動き出した
移住したい先の求人を紹介してもらう機会に恵まれた
そこで、とてもやってみたいお仕事を見つけた
応募し、面接を受け、受かることができた
予定所得に対し不相応な家賃の賃貸に申し込んだが審査が通った
「引き寄せてる」なんて思わない
目の前に、気づきと、それを気づかせてくれたものがあるだけ
・
「やりたいことはなぁに?」
「本当はどうしたい?」
自分の本心を聴く
実はそれが一番難しい
自分の本心に触れたとき
エネルギーが自然と溢れてくる
助けて導いてくれるものがそこに現れる
シェアハウスでも、目下準備中の移住でも、
そんな体験をさせてもらったのかもしれない
いや、現在進行形で 体験させてもらっている
そのことに気づいていられたら
何をしていても、どこにいても、
幸せと共にいられるのかもしれない
・
出会って下さり、拙い文章を読んで下さり、
ありがとうございます
今日もあなたにとって素晴らしい一日となりますように
心からお祈りしています
