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ベーリングの架け橋 - 西洋へのオルタナティブとしてのアジア、モンゴロイド文化

こんにちは。今日は息子のキンダーガーテンの友達二人の家族が遊びに来ていました。どちらも両親がインドからの移民です。国は違えどアジアからの移民という意味ではやはり共通するところも多く、自然と交流ができます。

テック産業において増すアジアの存在感

シリコンバレーのエンジニアは圧倒的にインド系の人の割合が多く、特に僕の住んでいるクパチーノはその傾向が顕著です。(多くの場合アップルの社員。)次いで多いのは中国系、韓国系で、シリコンバレーを支えているのはアジアからの移民です。今やグーグル、マイクロソフト、アドビ、IBMといった名だたるテック企業のトップはインド系です。僕が今職場で所属しているチームのレポートラインは三層上まで全員韓国系です。シリコンバレーに住んでいると、米国(特にMAGAが支配している現在の)に住んでいるという感覚は乏しいです。昔の長崎の出島のような感じで、ここはむしろアジアだと感じます。

アジアの国々から優秀な技術者が多く輩出される理由は、やはり教育や勤労倫理にあると思います。教育が子供の立身出世の手段として認識されており、幼少期から教育への時間の投資が時に過剰なほどに行われます。就労してからも、長期のバカンスを楽しむヨーロッパや、労働時間の短い米国と比べて、アジアの諸国は圧倒的に労働時間、日数が大きい。例えば中国の「996」(朝9時から夜9時まで週に6日間働く)という労働習慣などはそのあらわれです。日本でも長らく問題視されてきた通り、過剰な受験戦争や長時間労働には、個人のウェルビーイングの面では大いに問題があります。しかし、労働者、ひいては産業の生産性という観点からは、よく勉強してよく働く労働者の生産性が実際に高いのは否定できません。

歴史家で人類学者のエマニュエル・トッドは、近著の「西洋の敗北」の中で、彼の定義する西洋=米国、英国、ドイツについて、マックス・ウェーバーの有名な「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」で述べられているようなプロテスタント諸国の勤労倫理が、脱宗教化/世俗化の進展の中で失われたことで、西洋の衰退が起こっていると論じています。米国のテック産業におけるアジア人の存在感の高まりは、その裏返しだといえます。

NVIDIAの株価を大きく棄損したDeepSeekに続いて、同じく中国で開発されたAIエージェントのManusが大きな話題を呼んでいます。米国の大手テック企業やAIスタートアップらを中心に、コンピュータやWebを自ら操作してタスクをこなすAIエージェントの開発に注目が集まっています。

北米大陸とアジアを結ぶベーリングの架け橋

ここからは、テック産業とは直接には関係ない話です。北米大陸に元々住んでいた先住民は、東アジアから渡ってきたモンゴロイドでした。現在のシベリアとアラスカの間のベーリング海峡は、1万年以上前の氷河期には陸続きで、その頃に北米大陸に人類が渡っていったと考えられています。この説は、シベリアとアラスカの文化の類似により支持されています。

米国北東部からカナダにかけて居住するイロコイ族の末裔のポーラ・アンダーウッドは、一族の口承史を「一万年の旅路」という本にまとめました。本書の内容は、ベーリング海峡の横断について述べていると思われる内容を含んでいます。

イロコイ族は民主的な政治体制で知られ、それはベンジャミン・フランクリンやトーマス・ジェファーソンといった「米国建国の父」達にを通して米国の民主主義の確立に影響をおよぼしたことが知られています。「ブルシットジョブ」の著者であり、「Occupy Wallstreet」(ウォールストリートを占拠せよ)運動の創始者としても知られるデヴィッド・グレーバーは、遺作となった「万物の黎明」の中で、この北米先住民の政治体制の、民主主義から権威主義までを含む多様さを取り上げ、そのヨーロッパおよび米国への影響を詳しく論じています。

日本人でありながらアラスカの自然と文化に惹かれて、アラスカに移住して文筆家と写真家となった、星野道夫という人がいます。 僕は星野の著作が大好きなのですが、星野はことあるごとにベーリング海峡、あるいは海路を通してアジアから北米大陸に渡った私たちの祖先に思いを馳せます。星野は自身がアラスカに惹かれた理由の一つを、この日本人とアラスカ先住民の共通のルーツに求めます。

オルタナティブの可能性としてのアジア

自分も日本人、アジア人として、米国のテック産業に惹かれて日本から米国に渡ってきました。しかし、シリコンバレーを含むテック産業は、成長が陰りを迎え、その負の側面が大きな注目を集めるようになってきました。同時に米国の資本主義の歪みが露わになり、世界をリードしてきた民主主義に危機が訪れています。

そんな中で、一人のアジア人として、太平洋の両岸にまたがるモンゴロイドの文化―それも一枚岩でなくその多様性―には、オルタナティブを示す可能性を感じます。

例えば北米先住民に広くみられるポトラッチの慣習は、富める者が蓄積してきた財を惜しみなく放出して、集団内で分け与える。このような文化には、ビリオネアに富と権力が集中する今日の米国社会に対する問いかけがあるといえます。

一人のアジア人として、ただ米国の社会や産業に同化するのではなく、自分のバックグラウンドに基づいて、そこにいかなる新しい価値を提供することができるのか。それが、米国に移民として暮らす自分に課せられたミッションだと思っています。

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