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患者さんの「人」としての尊厳|母校での学生さんとの対話を通して

今日は かなり わたし個人が特定される内容を記載します
とはいっても
わたしのブログ規模であれば
わたしを特定できるひとに 読まれることはないとは 思いますが

いちおう

いちおう ですが! 笑

もしも これをお読みになって
「あ~ あのひとじゃん!」
って わかる方がおられたとしても

どうぞ あなたの
その あたたかい お気持ちで
ほうっておいて いただけますと
たいへん うれしくおもいます
以上 お願いでございました 笑

以下 本文です

~~~


本日は

新潟医療福祉大学

という 大学へ いってまいりました


わたしは かつて 社会人枠で
この大学で
2回目の学生生活を 送りました


かつて
新潟県にある金物産業で有名な
三条市が
水害被害にあったことがあります

そのボランティア活動を通して
わたしは
介護士 となり


その仕事をとおして

リハビリテーション

という 存在価値を
身をもって 知り


30歳を過ぎた 年齢で
理学療法士
になりたいと


門を叩いたのが


新潟医療福祉大学


でした


そうなのです


最初の新潟大学大学院よりも

わたしにとって 懐かしい

母校

なのです


~~~

途中 新潟競馬場 が見えました
このアングルから見る 新潟競馬場でさえ
なつかしいですね 笑


かつてにくらべ
とんでもなく 拡張された 駐車場のひとつに
車を停めました


案内されるまま

わたしが 在学中には 存在しなかった
建物の中に 入りました


↑ なにこの オシャレ気な 空間?

大学としての 「箱」「入れもの」 は
かつてとは 比べ物にならないくらい
大きく 充実しているとのこと

現在も あたらしい 建物をたてているとのこと

「まぁ NSG だもんね」

という 新潟県民にしかわからない
独り言が
おもわず 口をついて出ます

ローカルネタで
スミマセン 笑


・・・

はなしが 脱線しました


目的とする 場所が わかりました

この 連携総合ゼミ という学習の場の
お手伝いをする

これが 今回の わたしの 目的です


この大学の
美質 だと おもうところは

医療 介護に 関する
さまざまな 専門職を養成しつつ

その 在学中に
学部学科を超えて
包括的に ゼミを作り
学ぶ機会が ある


という 点だと 思います


わたしも 在学中に
他の
作業療法学科
言語聴覚学科
社会福祉学科

など 他の学科の学生さんたちと
一緒に ひとつのテーマを
学んだ経験があります


「そもそも 車いすで 電車に乗って
 新潟市の万代まで 買い物って
 いけるもんなの?」

と 思い
調べようと
事前にJRさんに 協力をお願いして
車いすで みんなで でかけたのは
とても 良い思い出です


あ ちなみに
結論は

JRさんのサービス体制は
とても整っているけど

新潟市の歩道を 車いすで
自分で漕いで 移動するのは

「青信号の間に 道路を横断するなど
 けっこう 大変!!」

でした 笑


~~~


また 思い出話で
脱線してしまいました 笑


今回 学生さんたちは
ある ひとつの
臨床の現場では
よく起こる

「こまった 状況」

「悩んじゃう 状況」

について
検討したそうです


それに対し

わたしたち 卒業生が
なんらかの アドヴァイスをする

そういう 学習の場です


いわゆる リハビリ専門学科だけでなく
管理栄養士
社会福祉士
看護師
技師装具士
検査技師
スポーツ健康
救急救命士

・・・


まだ あったかな? 笑

とにかく
わたしが 在学中には存在しなかった
学部学科の 学生さんたちが
一生懸命 話し合ったそうです


テーマは ゼミごとに
とても 多岐にわたりました


わたしたち アドバイスをする立場の
卒業生たちも
さまざまな 職種の 集まりです

「これは これは 頼もしいな!
 わたしの 出る幕は なさそうだぞ!」

なんて 思っておりました


・・・


それぞれの ゼミの 会場を
訪ね

だいたい 30分間ほど

彼らの 話を聞き
質問を いただく
そして お答えする

そういう スタイルでした



・・・


「実際の 現場では どうか?」

そういう タイプの質問は

他の 専門家の先生方が
的確に
しかも やさしく
説明してくださいました


正直に言いますと

それを 聞いた わたしも

『へぇ~~~
 そうなんだ!』

と 勉強になっていました 笑


『これは わたしにとっても
 学びの機会になったなぁ~
 もうけちゃったなぁ~』


なんて のんきに 喜んでいました


・・・


ただ


そんな のんきな 気持ちは

しばらくすると

収まっていきました


・・・


学生さんたちの 質問が


なんとなく 気になりだしたのです

もちろん 全部の質問では
ありません


臨床の現場を ほとんど 知らない
彼らが


一生懸命 想像を膨らませ
がんばって ネットなどで 調べ

(ま ネットの情報
 現場では
 あんまり 役に立たないんだけどね 笑)


一生懸命 考えて
そして 出してくれた
質問です


「純粋で 若々しく 美しい」

と 思うような
そんな 質問も
ありました


・・・


ただ 気になったのは


「認知症の人
 についてですが・・・」

「片麻痺となった人
 についてですが・・・」

「強迫観念を持った人
 についてですが・・・」


という

「”病名” + ”となった人”」

という


患者さん 利用者さんの

「とらえ方」

です



そう とらえなければ
出てくるはずのない
質問の ことば が
気になったのです


どうしても
気になったのです


・・・


周りの 優秀な卒業生たちは

それについて

疾患などの 特性を踏まえ
きちんと 答えておられました


・・・



ですが・・・


うずうず する アル君

さぁ どうする アル君?

学生さんたちのために
なにを する アル君? 笑



・・・


ついに わたしは
やっぱり
と いいますか

発言

してしまうのですよね・・・笑


「えっと ごめんね
 どうしても 気になるから
 聞くんだけど

 このお父さんを


 『認知症の人』


 って とらえるのは なぜ?」


という およそ
学生さん向けとは 思えない
なぞ多き 質問返しをする
アル君 51歳 笑


とうぜん

学生さんたちの 沈黙

教室に 漂う

へんな 空気 笑


『やっちまったなぁ~』

と おもわず
臼と杵でモチをつきたくなるような
ことばを
思いつつも


はじめてしまった 発言を
続けるしかない アル君←団塊ジュニア


「この人って
 まずさ・・・

 一生懸命 会社を経営され
 ガンガン がんばって
 会社 家族のために
 がんばってこられた

 だけど 脳梗塞をきっかけに
 以前の様な 生活ができなくなり

 徐々に アルツハイマー型認知症も
 進行していった

 この人も 戸惑っている

 ご家族も 戸惑っている
 どうしていいか わからない

 そのことは みなさんが まとめた
 事例で よく 伝わってくるよ

 だけどさ

 この人の 気持ちって どうなんだろう?

 ご家族の 気持ちって どうなんだろう?


 ・・・


 うん わかる

 認知症の 症状で みんな 困っている

 それは そうなんだけど

 たとえば そうだね

 この場面で

 『俺を 認知症扱いするな』

 って つぶやいて
 MRI検査を 嫌がる場面


 その「対策」って

 みなさんが 考えた
 「対策」って

 『認知症の人の
  その場での
  機嫌を悪くしないようにするには?』

 って 発想だよね?

 認知症の人の
 機嫌を悪くしないようにするためには?

 認知症の人が
 スムーズに検査を受けてもらうためには?

 って 発想だよね?

 ちがうかな?

 それって
 そういう 「対策」って
 うまく いくって
 ほんとうに 思う?


 『俺を 認知症扱いするな』


 この ことばを
 この人が なぜ 発したのか?

 認知症扱いしていたのは
 その時の 病院のスタッフ
 だけなんだろうか?


 その答えは
 みなさんの まとめた レポートの中に
 ぼくは あるって 思うんだよね

 たぶん ず~~~っと
 家庭で
 認知症扱いを されていた・・・?

 どう?

 この人を 認知症の人って
 とらえるんじゃなくて

 がんばって生きてきた
 社長 夫 父親 としての 歴史がある
 この人に
 認知症という 症状が 生じている

 わたしは そう とらえたいな

 むずかしいかな?

 でも わたしは そう 思うんだよね」




こんな 感じです

はい ごめんなさい

変な 空気にしたのは わたしです 笑


でも


それを 発言したことに

後悔は していないんです


学生さんたちの 発表を聞いていると


過去に 出会った


片麻痺の かっこいい 元会社社長の男性


認知症になったけど まるで赤ちゃんの様な
すてきな 笑顔で
「ありがとう ありがとう」
って
かつての 鬱の様な状態が嘘のような 女性


末期がんで
それでも 自分らしく 最後まで
自宅で ひとり暮らしをしたい といった
どうしょうもなく 頑固で
どうしょうもなく 迷惑なひとだったけど
憎めないまま 旅立っていった 男性


・・・


そういう ひとたちが

つぎつぎと 思い浮かぶのです

その 方々が

わたしを 発言させてくれていた

「発言」 じゃないですね


「代弁」


させて くれていた


そう思うのです

そう思うので

いまも 後悔は していません


~~~


自分の キャリア

リストラだらけの
どうしようもない
キャリア

かつては とらえていました


でも


その 曲がりくねった
人生の 道の途中で

出会った 方々は

わたしの 中で

生きていて


今日のように


若い方々に

お伝えすることが できました


なんとなく

命を つないだ

そんな 思いを
抱きます


どのくらい 学生さんたちが
受け止められたかは
わかりませんが


「なんか 熱い オジサン いたな
 なんか わけわかんないこと
 いっていたけど
 熱かったな」


という 印象だけでも
伝わったら


本望です 笑


~~~


お話は 以上です


今回は とても 貴重な経験をさせていただきました


今日であった 学生さんたちの

前途が 多難! かつ 実り多きもの!!

であることを
祈りながら

今日は筆を折りたいと思います(ボキッ)

ここまで おつきあいいただき

ありがとうございました

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