「不器用だった」美容師Wさんの道の究め方|道は違えど同じ山を
* はじめに *
病院でリハビリスタッフとして働くこと…
そのことについて 考えていましたら
思いがけず
美容師の Wさんのことを
思い出していました
治療家 と 美容師
道は違うのですが
同じ山 を登る方
の お話です
よろしければ
あなたの お時間が あるときに
ゆっくり していってください
* 病院という場所で 技術を磨くこと *
*病院では働けない――未来さんの言葉から*
先日 未来さんと お話させていただいた
記事
(↑ これです)
を綴ったとき
触れられなかった 話題があります
未来さんは こうおっしゃいました
「アルさん
わかります
僕らのように
治療の技術 スキルを
上げよう
向上していこう
と するスタッフは
病院では
働けない…ですよね…」
とても 残念な ことなのですが
それは
事実
なんですよね
わたしは これまでの記事でも
そのことについて
ときどき
触れてきました
他のリハビリスタッフと
共働する
スキル間に
「差」
が あると
リハビリ集団 としては
都合が悪い…
未来さんは 病院勤務時代は
埼玉県だったそうですが
日本全国
全てといったら 言いすぎですけど
多くの病院のリハビリの
実情は
そう
なんでしょうね…
* 「一定レベル」という壁 *
もちろん 病院にとっても
「正当な理由」
があります
入院患者さんへ
「一定レベル」
の 医療サービスを提供する
これが 大切だからです
新人時代の 未熟なわたしは
その 一定レベル に
なかなか 到達できず
苦しみましたし
上司が求めるリハビリのあり方に
批判的な立場をとり
それに 合わせることを
よしとせず
退職した
経験もあります
出た 釘 では いけませんし
出過ぎた 釘 は 引っこ抜かれます
埋もれた 釘 でも
曲がった 釘 でも
もちろん いけません
同じ釘が
同じだけ 打ち込まれている
それが求められる
そういう 職場です
* かつてあった“向上する集団” *
一昔前は
「みんなで どんどん 向上していこう!」
という病院のリハビリ集団が
新潟の病院の あちこちに あったものです
わたしが 最初に勤めた病院も そうでした
でも
そういう 病院は
なくなって しまいましたね
介護保険サービスという 場所に立って
退院される方々をみていると
「あぁ…」
と 思ってしまうのです
「わたしが 病院でリハビリしていた時なら
こんな お体にさせておいて
『リハビリをしてきました』
なんて 言えなかった…」
そう 思います
* 進まなかった理由は患者さん? *
新しい利用者さんが来られれば
かならず
退院時の
担当リハビリスタッフからの情報が
書かれた文書(リハサマリー)
を 読みます
「この方は 痛みの訴えが強く
リハビリが 進みませんでした」
「この方は リハビリスタッフの指示に
なかなか 従ってくださらず…」
「認知症が強く…」
という
リハビリが思うように進まなかった
原因は
患者さんにある
というような
文章を読むと
「・・・・・・・・・・!!!!」
という
ここでは 書けないような
使いたくない汚い表現を
したくなる感情を
抱いてしまいます…
* 命を削って学ぶ人は、どこへ行くのか *
感情が やや 暴走し
脱線してしまいました 笑
未来さんのように
志高く
高卒者の初任給よりも安い給料で
身銭を削って
プライベートの時間を削って
それこそ 命を削るように
学ぶ
リハビリスタッフは
病院には いられません
「現場でリハビリスタッフは
わたしひとり」
という ひとり職場 に 行かれるか
独立 開業
の 道を
歩まざるを得ない
のかもしれませんね…
* 不器用という才能——美容師Wさんの歩み *
* なぜか思い出す Wさん *
実は 未来さんから
この話をお聞きしたとき
「ある人」を
なぜか
思い出したんです
その人は
治療家
ではありません
わたしが お世話になっている
美容師さん
です
Wさん
と お呼びします
ときどき ですが
わたしの ブログに 登場されます
今回は
Wさんについて
わたしの中で
整理してみたいなと
思っています
* 「とんでもなく不器用だった」というWさん *
以下はWさんからお聞きした お話をもとに
わたしが 勝手に 解釈したものです
事実とは異なる部分もあると 思いますが
ご容赦ください
ご出身は 新潟県 新潟市から
車で1時間半 の距離にある 某所
美容師を 職業選択される
これは ご本人にとって
当然の 流れだったようです
詳しくは わかりませんが
Wさんは 上京されます
Wさんは そのころを
こう 振り返ります
「とにかく 不器用」
だったと…
「周りが 当然のようにできていることが
ぜんぜん できなかった
なんでそれが できるのか?
それさえも わからなかった」
「たぶん 今思えば
学校で教えられること
それ 好きだったんだと思う
でも そう思わせてくれる先生に
出会えなかった
だから 勉強できなかった
美容師になろうとしたけど
とんでもない 不器用だった」
・・・
若いころは
何のとりえもなかった
そんな 語り口なのです
おそらくですけど
コンプレックスのような 感情を
抱かれた のではないかな?
と 想像します
Wさん に そう確認したら
「いや… そうじゃない」
って 否定されそうですけど
でも たぶん
それに近い感情は 抱かれ
苦しまれたんだろう
と 想像します
そうでなければ あんな話し方は
されないと 思うからです
・・・
「セミナー 勉強会 行くだろ?
みんな メモしながら 勉強してるわけだ
自分も それ するんだけど
メモしてる間に
講師の 手
見逃しちゃうんだよな
みんな 普通に できてるんだけど
自分は うまく メモを取ること
できなかった」
これは わたしも 同じような経験があります
手を使う セミナーでは
ありえること だと 思います
・・・
「美容師を あきらめることは なかったが
こんなにも 自分が
不器用
だとは 最初想像できてなくて
まず それに 驚いたな
自分の 不器用さに」
* “頭の中で切る”という練習法 *
でも
Wさん は
そこから 才能を 開花させていきます
「とにかく やるしかなかった
他の連中が 1練習することを
10 も 100 も
繰り返してやった
それしかないだろ?
不器用 なんだから
やるしかない」
「これは 不思議なんだけどさ
セミナーの講師とかが
髪切るじゃん
それ見てて 思うんだ
駆け出しのくせにさ
あれ? それで 終るの?
あんたなら もっと こう…
もっと できるんじゃない?
と…
なぜか 思うわけだ
なぜか わかるんだよな
店長とかが お客さん切ったときも
ふ~~~ん
あれで 完成?
もっと こういうふうに できたんじゃねえか?
って 思うんだよな
自分では 全然できないくせに
不器用なくせに
店長… あんたの技術なら…
もっと よくしてあげられたんじゃね?
なんて 思ってたな」
面白いなぁって 思います
Wさんは
理想のイメージ
の ようなものを
抱くことができたんですね
・・・
「あるとき 思うんだよ
お店に来て
自分の お客さんだけに
集中していたら
1日 数人 切った
経験にしかならない
でもさ
お店に入ってきた お客さん
全員
頭の中で 切るんだよ
こう切って
あぁして
こうやれば
仕上がりは こう
みたいな
そうすれば 来店したひと
全員 経験 積めるって」
頭の中で シュミレーションを して
経験値を ためる
これは リハビリでも 同様です
やっている人と していない人とで
大きな差が うまれます
・・・
Wさんは さらに
シュミレーションの場
を 広げられます
「店から出たとき
休みの時
東京 歩くわけだけど
ひとの 髪 観るようになる
そこで 髪を 想像の中で切る
ははぁん きっと
もともとの髪がこうだから
そう カットして
カラー入れて
そう まとめてるんだな…
でも こうハサミ入れて
こうすればさぁ
こうなる 可能性も あるよなぁ~
なんて いちいち 言葉にしてたら
間に合わないけど
そんなことを 一瞬で 考えながら
歩くようになった
とにかく 経験値を
ためてたんだ」
「動画を みたりさ
テレビを見たりさ
そのときだって
人の顔は うつる
もう そのたんびに
自然にしてしまう
今でもしてる
”とんでもない”のには
今でも ツッコんでる
この前の イチローの髪型さぁ
おいおい それは ないだろ!
って ツッコんだ 笑
あれは ひどい!! 笑」
ちなみに この時の イチロー氏は
引退を決意されたころ
白髪交じりの 坊主時代
「あんなの
バリカン入れただけだ
そうじゃなくて
ハサミで もっと
きれいな坊主に できるのに…」
と おっしゃってました 笑
・・・
セミナーの受講の仕方も
変わられたそうです
「セミナーもさ
結局 メモを取ることを しないことにした
そのメモ
見返すか?
と 思った
ていうかさ
あとで 見返せる
って思うから
今に 集中できない
録音するやつも いるじゃん
1時間 2時間の セミナー
聞き直すことができるんかもしれんが
自分にはそんな 時間ない
そもそも 後で 聞き直せると思うから
今に 集中できない
じっと 講師の手を 見る
自分の手も 一緒に 動いている感覚で
見る
感覚を もらう
そんな感じで
見る
そうするようにしたよ
そうすると
忘れない
手の感覚なんだから
ことば 説明は 忘れても
手の感覚は
忘れない
まあ そのあとはさ
参加したいと思うような
セミナーが 無くなっていったんだが 笑」
Wさん は 笑い話のように
その時期の お話をされますが
血のにじむような 「努力」を
「努力」とも思わず
「やるしかないから やる」
という こころ で
行ってこられたんだろうと 想像します
・・・
30代半ばで ご自分のお店を持つべく
新潟の地元に 帰省され
お店をひらかれ
以来 約20年
お店は 繁盛し続けています
* 「要望を聞かない」理由 *
「そうしたらさ
お客さんの 要望を
聞かない ようになってしまった 笑
要望を 聞いてもさ
そのお客さんの 髪が
してほしいこととは
合わない
こと ほとんど
そもそも 顔の大きさ
髪質
その人の 社会的な立場
切りにくる 頻度
そういったこと 全部合わせると
ほとんどの お客さんは
間違った 希望を 持ってたりするわけだ
最初は 自分
お客さんの いうこと聞かないから
え?
って けげんな表情をされるのだが
まぁ 仕上がりで
納得させるわけだ
納得できない人は
来なくなるだけ
というか
自分
がわかっていないんだろうな 笑」
・・・
さらに 不思議な境地に
ゾーンのような 境地に
至ることもあると 話されます
「なんだ こう切ったら
カラーを入れたら
結果
こうなるのか?
そのイメージ ビジョンは
持ってる
でも その中間のさ
理論 理屈は
自分でも よくわからないんだ
結果は 予想通りになるんだが…
自分が カットしているのを
後ろで 自分が 見ているときがある
へぇ~ そんな風に切るの?
なんで?
あぁ~ そういうこと?
あ やっぱり
そうなるかぁ~
ってさ
変なこと言ってるって 思うかもしれないが
そういうこと あるんだ」
これは わたしも 最近
感じることが ある
感覚です
・・・
「このまえも
『髪を伸ばしている』っていう
お客さんが来て
俺 「切るよ」
って 言ったんだ 笑
当然 やだ って言われるだろ?
じゃぁ って 切る前の自然な髪の長さを
計ったんだ 笑
絶対 この長さ以上 短くしない
って 約束して
自分は 切った
はははははは
どれくらい 切ったんだろう?
2~3㎝くらいか?
でも 切った後
長さを計ったら
もともと長さよりも 2~3㎝
長くなってた
あの髪は
切ってあげた方が
ストンと 落ちる
って わかってたからな
はははははは」
・・・
髪にまつわる このお店で 繰り広げられる
不思議な話は
尽きないのですが
長くなりましたので ここまでとしますね
* 違う登山道 でも同じ山 *
こういう Wさん のお話を
わたしは 楽しく 聞くのですが
まったく 別の 業種の世界の人
の 話を聞いている感じが
しません
なんとなく
同じ道を 歩む 大先輩が
歩き始めたばかりの 後輩である わたしに
やさしく 教えてくれている
そんな お話を
聞かせていただいている
そんな 感覚を 抱くのです
治療家と美容師
道は 違うようで
登る 山 は
Wさん も わたしも
同じ
そんな感覚です
一旦 ある高さまで 登られた
Wさんさんが
ときどき
無線で
山の性質
山の登り方を
教えてくれている
登山道は 違うのだけど
同じ 山ですから
山の特徴を 教えてくださっている
そんな 感覚を 抱きます
* 10年ぶりのカット 「もう 大丈夫だ」 *
妻と離婚調停を する段階になって
わたしは 約10年ぶりに
Wさん の お店に行けるようになりました
妻の経済的なモラハラから 解放された
おかげです
元妻も そのお店の 客ですが
Wさん も 奥様も
そんなこと いっさい構わず
久々に 来店した わたしを
こころから 喜んで
迎えてくださいました
本質的に シャイな Wさんは
その時の わたしの 髪を見て
「ひっでぇ カットだ…」
と 笑われました
「そうだな~
あと 3回
カットしたら
最高になる
もう 大丈夫だ
また 通えるんだろ?
じゃぁ
もう 大丈夫だ
ははははは」
と 言ってくださいました
髪の話
だけ なのか?
髪以外のこと
も 話されていたのか?
わかりませんけど
いま こうして 思い返していても
胸が 暖かくなります
* 終わりに 今日が善い一日でありますように *
前回 カットしてもらったのが
先月下旬だから
そうですね 来月上旬に
また お願いしようかな?
人気店ですから
早めに予約しないとですね
楽しみです
「じゃぁ もう 大丈夫だ」
そう言ってくださった
Wさんの言葉が
今も わたしの背中を
そっと 押してくれています
あなたの今日が
善い一日でありますように
編集後記(アプリなしで聴けます)

