"わかる" と言ったら "間違い"よ――混沌と水と身体と
こころが 平安になったら
平成の 学生時代を
想い出しちゃいました
物理学の 高い壁を前に
困りはてた わたしが
ビールを飲み
音頭を踊り
夕日を眺めた
そんな 想い出です
物理を専攻――叩いたら殴られちゃった
物理 を 専攻 していたんですね
「専攻」 って 変な言葉だな
どっちかっていうと
" 専 " ら " 攻 " められていたのは
物理じゃなくって わたしのほうだった
だって 本当に 難しいんだもん
ただ いいわけじゃないけど
たぶん わたしは
物理というより
数学が 苦手だったのかも
高校時代は
本人は ずっと 物理
得意だと思っていたのに
大学に入って 本格的に
この世の現象を
数学で説明したり
数学で考えましょう と なったとき
学友たちに 取り残されていった 感がある
落ち続ける人工衛星――世界が " わかる " 喜び
物理
" 物 " 事の ことわり( " 理 " )
を 知ることは 大好きだった
細かいことを はしょって 話をすれば
物理学の知識で
ボールは 投げた瞬間に
どこに 落ちるのかが わかる
速く飛ばせば
遠くに 落ちる
もっと 速く飛ばせば
もっと 遠くに落ちる
とーーーんでもなく 速く 飛ばせば
ボールは ついに 地球の丸みに沿って
延々と 延々と 落ち続ける
地球の丸みに沿って 落ち続ける
つまり
地球の周りを 回り始める
でも ふつう
そんなに 速くボールは投げれないから
空気の無い 宇宙にまで 一旦行く
だからね
地球を回る 人工衛星って
「永遠に落とす」
ために
いったん
打ち上げているんだよ?
えっへん
えへへ
な~んてね
そんな ことを知って
はぁ~
へぇ~
ほぉ~
って 思うのが
大好きだった
勘違い?の専攻――" 向いている " と " 成績 "
ほんとうは
国語で 登場人物の心を 想ったり
社会で 歴史を学ぶことも
好きだった
音楽を聴くことも
絵を描くことも
好きだった
けど
「成績が よかった」
それだけで
「物理が自分に向いている」
と 思った
テストの点数で
勘違いしちゃった のかも
ははは
大学で 物理学を専攻するが
難しかった…
周りが うんうん うなずいているのに
わたしは わからなかった
でも なんとか してきた
でも
どうしても
「理解できない」
分野があった
理解できない世界――「だるまさんがころんだ」
それは
量子力学!!

これは 基本中の基本
「波動関数」なり
スピリチュアル系のセミナーで
「りょうしりきがくてきにわぁ~
証明されていてぇ~」
って 物知り顔でしゃべる人に
この数式 頭に貼り付けて
「じゃぁこれで証明してね?」
っていいたいな
だはははは
コホン 毒を吐くのはやめましょう
失礼いたしました…
量子力学は
「ボールを投げた瞬間に
そのボールが どこに落ちるのかが
わかるよ」
という 世界では
もはや ない
わたしたちの 世界を つくっている
とっても とっても 小さな つぶつぶ を
「どこにいるのかな~?」
って 探すときに
「だいたい こころへんに いそう だね
うん そんな 気配 が するね」
という ことを
あらわした 式
というか
地図 みたいな もの
波動関数ってどういう式かっていうとね
例えると
あなたが とっても とっても
原子 分子の レベルまで
ちっこくなったとするでしょ?
するとね あなたの後ろに
なんだか 気配 が するの
見ると
丸い 原子君がいる
『あぁ ここに いたね』
って 安心して
見るのを やめると
なんか さっきの 原子君
気配だけ
になってしまう
『え?』
って 思って 振り向くと
ちゃんと 丸く そこにいる
でも 見るのをやめると…
もわんと 気配だけ…
なんだか
「だるまさんがころんだ」
みたい
あはははは
物理学修士が
波動関数を
「だるまさんがころんだ」
で 例えるという
暴挙!
これは 怒られる 案件ですなぁ~
この 世界観がね
どうしても わからなかった…
当時のわたしには
もちろん今のわたしにも
「わかる」
という 感覚が
つかめなかった
つかめないなぁ~…
この世界の真実――ぷさいにふぁい!♬
大学4年
ある 夏の 暑い日
「暑すぎるから 屋上で ビール飲もう」
と 学生と教授たちで
飲むことにした
思い付きで 急に決まった
ビアガーデン風の 飲み会
でも ビールサーバーを
だれかが 用意してた
平成の大学
って 感じだなぁ
修士課程も 博士課程の大先輩も
偉い教授たちも
飲んでいるうちに
へべれけに なりつつある
わたしも 酔っぱらって
「僕ぅ 物理 向いてないんじゃないかって
悩んでるんですよねぇ」
って 大先生 大先輩に 打ち明けた
「量子力学が ぜんっぜん
わからないんですぅ」
って 言ってみた
先輩 先生がたは
「そりゃそうだ!」
って 笑う
「俺もわからん!」
「わたし(教授)も わかりませんよ」
「だって ファインマンが わからんって
言っているんだから
俺たちが わかるわけない」
って 笑う
慰めてくれていたのかもしれないけど
なぜか とても 盛り上がった
「アル君 いっしょに
シュレーディンガー音頭
踊ろう!」
と
「Ψ(ぷさい)に Φ(ふぁい)♪
世の中 全て 波だらけ~♪
井戸型 谷型 周期型ぁ~♪」
って 踊った
だははははは
▲動画を見つけてしまった わたしが躍ったのとちょっと違うけど…
ちなみに ファインマンという方は
量子電磁力学と
物理学教育の分野で とても有名な方で
1965年にノーベル物理学賞も受賞されている

彼は こう言った
"If you think you understand quantum mechanics, you don't understand quantum mechanics."
(もしあなたが量子力学を理解できたと思っているなら、
それは量子力学を理解できていないということだ。)
これは 大変な 名言で
「わからんから みんなで 諦めようぜ!
もう シュレーディンガー音頭 踊ろうぜ!」
って 言っているのではない
残念ながら… ははは
「数式で 結果は たしかに
予測することはできるんだけどさ」
と したうえで
「なんでそうなるのかは
人間の感覚 日常感覚では
理解できないんだよね
そんな感覚で 理解できたって思ったら
それはつまり 間違っている ってことだね」
という 意味になる… のかな?
間違っていたら ファインマン先生
ごめんなさい
投げたボールが どこに落ちるのかがわかる
そんな世界を理解するように
量子力学は 理解できない
でも たしかに
そういう 世界で
わたしたちの 世界は できている
それを 知ったとき
感動 するよりも
屋上から 日本海に沈む 夕日を眺めながら
「やっぱ 理論物理学 俺には 無理!」
と 諦めた
ぷさい~に ふぁい!♬
" ぐちゃぐちゃ " なんだけど――いい感じ
実験物理なら
「だるまさんがころんだ」
のような世界は 基本無い
ところが
紙の上では 存在できる
「純粋」
が
実際には 存在しない
ということに 立ち尽くす
「これは シリコン です」
って
見てみても
かならず 不純物が 混ざっている
「これは 結晶です」
と いっても
全てが 同じ 分子構造とは なっていない
かならず 他とは異なる 部分がある
高校時代の クラスの集合写真で
1人 必ず 顔を横に向ける 変わり者がいたけど
(変わり者だが いいやつだった)
そんな 感じ
完全無欠
純粋無垢
は
この世には 存在できない
半導体 の 世界では
ここが 課題だった
集合写真で
みんな カメラ目線で
だれも まばたきしないで
みんな 同じ表情で
1㎜も狂いなく 等間隔で
並んでいるような
そんな 分子構造が 求められた
わたしは それに
興味を抱けなかった
大学の卒業研究として 手に取ったものは
もう そんな整っていることを
諦めきっている 世界
集合写真で
「顔が写っていたらラッキー♬」
みたいな世界
「アモルファス」という 名前
「非晶質」 なんていうけど
もう 最初っから
綺麗に並ばせることを 諦めてる
諦めきっているのに
なんか いい感じ
ぐちゃぐちゃ しているんだけど
全体的に
なんか いい感じ
そういうものです
あぁ… これ 専門家が読んだら
怒られるんだろうなぁ…
あはははは
ごめんなさい
でも その後
整然とした結晶 には
性能は劣るけど
「薄く」 できるし
「広く大きく」 できるし
なにより 「安く」 できる
ことが わかってきて
液晶とか 有機ELディスプレイ とか
太陽電池 とか コピー機 とか
アモルファス半導体君にも
わたしたちは
だいぶ お世話になっている
カオスな集合写真にも
大きな魅力が あった
水が隠す――秘密の " 決まりごと "
アモルファスに味をしめた?
わたしは
大学院で
水
を 研究することにした
これは
「究極の 謎の 物質」
いまだに
謎
バラバラ グチャグチャ
な だけなら
まだ いい
でも
なんか
水の中には
" 決まりごと " が
あるみたい
" 決まりごと " が なければ
一番 ぎゅっ って なるのは
0℃
のはず
でも 実際は
4℃
なんじゃそりゃ?
" 決まりごと " が なければ
氷になったら
水に沈む
はず
でも 実際は ご存じのように
ぷかぷか 浮かんじゃう
なんじゃそりゃ?
これ
よくわかっていない
その よくわかっていないものが
わたしたちの 体の
半分以上を
しめている
結局 " からだ " は――「わかった」ら「まちがい」
結局
人生 いろいろ あって
リハビリの お仕事
整体の お仕事
させて いただいてますが
「この運動をすれば こういう効果が出る」
という 世界に
ずっと 違和感を いだいていました
実際に 現場で行ってみれば
「なるほど この運動すれば
うまくいく人が
" 割合的 " に 多いんだな」
と 思うことが多い
実際の患者さんは
いろいろな 持病とかがあって
そもそも その運動を
させたくても
させられない
なんてことが
ざらにある
「うつぶせで…」
って 教科書・論文に書いてあっても
うつぶせが とれない
おじいちゃん おばあちゃん
たくさんいますしね
基本的な 知識
特に 解剖学 生理学は
とても大事
最新の知見も
とても大事
でも
目の前の
おじいちゃん おばあちゃん
には
その人の それまで が
いっぱい 積み重なっているし
奇妙不可解な 水が 大部分を占めているし
そのお体の 小さな小さな ものたちは
「だるまさんがころんだ」の世界
結局
「その人に 触れる」
ということは
組織に 触れる 感じる
という
基本的な 技術も
大切なんだけど
「なんだか よくわからない
わかったと いったら
それは まちがい」
という 世界に
触れている
そんな 謙虚さが
大切なんだろうって
思う
その 謙虚さにしか
見せてくれない
その お体の
深い世界が
あるのだと
思う
結び――思い出の夕日と音頭
いやぁ
また 長ばなしを…
すみません
考えてみると
意外と これまで
大学 大学院時代を
思い返すことが
ありませんでした
ちょっと
屋上の ビール と 夕日を
思い出して
わかろうとしなかった
わたしに
それで よかったんだよ
と 言ってあげたい
気持ちになりました
踊って正解だった!
ぷさい~にふぁい!♬
あなたと わたしの シュレーディンガー♪
あっはっはっはっ
ということで
長い ひとりごとに
おつきあいいただき
ありがとうございました
今日という日が
あなたにとって
善い一日と
なりますように

UnsplashのLavi Perchikが撮影した写真
