📖【短編小説】「シェイプシフター」
(あらすじ)
「解離性同一性障害なんて存在しない」と語る千花、22歳。母の虐待から生まれた「優花」、救い手の相談員に寄り添う「琉花」、教師の理想を体現する「花鈴」。彼女は他者の望む姿へと変形し続ける。母の暴力、相談員の優しさ、教師の期待――それぞれが求める「私」に染まることで、千花は生き延びてきた。だが、病院の隔離病棟を脱した時、彼女は自分を見失う。私は誰なのか? 人はみな、他人の理想で形作られるのではないか? 自己と他者の境界を溶かす不条理な物語。誰もが鏡を求めるように、あなたを愛する時の「自分」を追い求める千花の旅が、読者に問いかける――「今日のあなたは誰?」

短編小説「シェイプシフター」
「解離性同一性障害」というものは存在しない。
少なくとも、私の中ではそうだった。私は千花、22歳。けれど、千花はもうどこにもいないのかもしれない。私が幼いころ、母は私を虐待した。彼女の気に入らないことはすべて私にぶつけられた。理不尽という言葉を、私はそこで初めて知った。逃げればよかった。嫌なら、いつだって家を飛び出せた。でも、私は逃げなかった。逃げ出す足はあったのに、逃げ出す理由がなかった。私にとって世界は目の前に広がる生活だけだったから。此処で生きることしか私にはできなかった。
母が神様にお願いして作った私は、彼女が望んだ形ではなかった。需要と供給の歪み。だから、私は彼女の要求を全て受け入れるような姿に変わる必要があった。
私は彼女の理想に応えるため、変わる必要があった。ある時から私は、生まれた時の「千花(ちはな)」ではなく「優花(ゆうか)」になった。母の求める完璧な娘。暴力を受け入れ、それを愛と呼べる娘。母と優花の相性は抜群だった。だって、優花は母のために生まれたのだから。しかし、その関係は1年で終わった。
児童相談所の若い相談員が私を母から引き離した。彼は優しく、青あざだらけの私の体に包帯を巻いてくれた。話しかけてくれる声も柔らかかった。でも、その優しさは私には手ぬるかった。居心地が悪かった。青あざを見るたび、母を思い出した。私から母を奪った彼を、憎いとさえ思った。
彼と過ごしたのはたった1か月。それでも、私は変わった。相談員の求める「琉花(るか)」になった。琉花は相談員の優しさを優しさとして受け入れ、母から受けた青あざを虐待と認識できるようになっていた。母を憎み、彼を愛した。母との面会の日、相談員は「フラッシュバックに気をつけて」と励ました。私は「琉花」として母に会った。彼女は泣いて私に謝ってきたが、私には見知らぬ女だった。母は、私に言った。「あなた、誰?・・本当に千花なの?」私は彼女が生んだ「千花」ではなかったし、途中から生まれた「優花」でもなかった。ほとんど初対面の見知らぬ女性と特に話すこともなかった私は、面会を早々に切り上げ、愛する相談員の元に戻った。
相談員との暮らしは続いたが、彼は私の気持ちが自分にあり、どこにも行かないだろうという自負からか、私への関心を失い、構わなくなっていった。
17歳になり、学校に通い始めた私は、担任の先生に惹かれた。一緒にいる時間が長かったからだ。先生は私と相談員との関係は決して許されない事だと、私に対して目を覚ますように告げた。今からでも、十分、やり直すことが出来ると。私が立ち直るまで、そばにいると約束してくれた。
でも、私が知る愛は、相談員から教わったものだけだった。それでは先生を満足させることはできなかった。そこで生まれたのが「花鈴(かりん)」だった。成績優秀、先生の理想に寄り添い。勉強に励み、知識を吸収し、先生の言葉を忠実に守った。相談員は私の変化に気づき、「お前、変だぞ」と叫んだ。私は何も変わっていない。ただ、彼が知るのは「琉花」で、私は「花鈴」だっただけだ。相談員には琉花との思い出があったが、花鈴には彼への執着がなかった。
相談員は私を病院に連れて行った。医師は「解離性同一性障害」と診断し、母の虐待が原因だと結論づけた。「優花」は反発し、「琉花」と「花鈴」は同意した。私は隔離病棟に閉じ込められた。
そこでは「優花」が母を求め、「琉花」が相談員を求めた。時間は有限であるから、「優花」が「母」と過ごす時間を求めれば、「琉花」が「相談員」と過ごす時間は減る。当然、「優花」も「琉花」も私も仲が悪く、いがみ合っていた。互いの存在が邪魔だった。私たちは互いを憎み、消し去りたいと願った。
ただ今の私は隔離病棟から出ることはできず、それぞれが、愛する人とも十分に会うことができずにいた。この場所から早急に出る必要があった。この1点にかけては、「優花」も「琉花」も、私も同じ意見だった。脱出するため、私たちは一致団結した。
そこで生まれたのが「花連(かれん)」だった。花連は医者に対して、自分の病状が完全に回復したと見せかけることが出来た。「花連」のおかげもあり、私たちは、病院から抜け出ることが出来た。
その後、内部の争いは激化した。「優花」「琉花」「花鈴」は互いを殺し合い、相談員とも先生とも別れた。今、私は誰なのかわからない。
一瞬、「千花」に戻った気がした。
でも、わからない。わからないのが私だ。
それはすべての人間がそうなのではないかと、ふと思うようになった。
みんな、自分を決めてくれる存在を求めている。学校や会社は、社会が求める理想の「私」を作り出す。恋人も、恋人が求める理想の「私」を作り出す。友人も親も同じだ。理想を「私」に求める。人に形はない。空っぽなんだ。
自分を強く求めてくれる人の形になる。誰か特定の人の理想に染まり、安心する。そしてそのまま、お気に入りの形のまま死んでいきたい。
「あなたを愛してる時の自分が好き」
自分が誰なのか、なんのために生きているのかを教えてくれるから。人は一人では生きられない、鏡がなければ自分の顔すらわからない。「自分」なんて確かなものはない。「自分」は「他人」の理想で出来たものだから。
人は硬貨と似ている。硬貨自体に価値はない。ただ硬貨は、夢を見せ、高価なものに置き換わる。私自身に価値はない。なにもない自分に付加価値をつけるのは、いつも他人だった。
「あなたは誰といる時が1番幸せ?」
「あなたは誰といる時の自分が1番好き?」
「今日のあなたは誰?」
「あなたは誰の元で、誰として死んでいきたい?」
「シェイプシフター」
作詞.✋
あなたは誰といる時が幸せ?
誰といる時の自分が好き?
今日のあなたは誰?
きっと自分じゃわからない…
空っぽの私に
誰かが形をくれる
両親の願い
くみ取って
名前通りの私になる
家族、先生、恋人、社会
いろんな望みの私が生まれる
人によって着せ替える
余所行きの私とプラットホーム
私じゃ私を決められない
みんなもそうでしょ?
シェイプシフター
気づいてないだけ
変身してる
居心地の悪さ
適応中
気づいてないだけ
安心してる
あなたといる時の自分が好き
だから、私を離さないで?
誰かの理想でできた私
あなたの想いに応えたい
ほんとの自分?
いつの自分?
臨機応変、千変万化
ドレスコードに見合った形
私の望みは、あなたの望み
あなたは誰の元で、誰として死にたい?
学校や会社、親や恋人…
他人の理想に私を染めて
安心して、死んでいきたい
待っていて?
不快を快に変えるから…
みんなもそうでしょ?
シェイプシフター
気づいてないだけ
変身してる
居心地の悪さ
適応中
気づいてないだけ
安心してる
あなたといる時の自分が好き
だから、、
私を離さないで?
あなたは誰といる時の自分が好き?
今日のあなたは誰?どんな顔してる?
シェイプシフター…
みんなも、そうでしょ?
シェイプシフター…
あなたはだーれ?
