掌編 「誤認」 #さぶいぼ選手権
「なんで?なんでこうなった―」
思考がふっと白く可憐に咲く水仙の花弁のように霞んだ。困惑した意識の底で、掘り返された土を見つめていた。
そこにあるはずのものが、ない。
風がひとすじ、土の匂いを運んだ。胸の奥がざわつく。
目を閉じると、昨日の妻との会話が鮮明に蘇った。
「今日のお隣さんとの餃子パーティー、うちのニラ持っていってもいい?」
「もちろん」
ゆっくりと目を開ける。
私の足元には、青々としたニラが揺れている。
代わりに掘り返されているのは、水仙だった。
球根ごと抜くこと自体が間違いだが、問題はそこではないー
水仙には強い毒がある。
ニラと葉が酷似しており、毎年誤食事故で死者すら出るほどだ。
(まさか、水仙をニラと間違えて……?)
最悪の想像が脳裏をよぎり、背中に冷や汗が吹き出した。もしパーティーで振る舞われたら、お隣さんも、妻も、息子も―。全身の毛穴が開くような恐怖に、足が震えた。
「どうしたの? そんなところで突っ立って」
背後から妻の声がした。
「す、水仙……どこに行った!?」
「ああ、それ? お隣の斎藤さんが『ニラの近くにあると危ないから』って教えてくれたから、離れた場所に植え替えたのよ」
膝から崩れ落ちた私を、妻は不思議そうに見つめていた。
「餃子…パーティーは…?」
「中止になったって言ったでしょ…ほんと、人の話聞かないんだから…」
パチンっと自分の頭を叩く。記憶が鮮明に戻ってきた。
「そうだった…、そうだった…。いやー……冷や汗かいた。ビックリしてハゲるかと思ったよ」
「もうハゲてますけど」妻は笑う。
何気ない日常会話が一層、愛おしく思えた。
完
(本文677字)
あとがき
よしまるさんの企画「さぶいぼ選手権」に参加させて頂きました。鳥肌モノって難しいですね。家庭菜園あるあるを物語にしてみました。ニラって繁殖力が異常に強いので、タネが四方に飛んでどんどん増えていく。もったいないから食べようとするけど、水仙の脇に生えたニラの判別が怖い。良く見て匂い嗅げば分かるけど、量が多い場合、紛れる可能性はゼロじゃないですよねって話をつらつらとは書けなかったのでシンプルにしてみました。結局笑いに逃げたので企画の趣旨にそっているか怪しいですが、どうぞよろしくお願いします。
