ショートショート 「コロッケ」 #オリジナル
商店街のアーケードは、夕方の光を受けてゆっくりと色を変えていた。古びた看板が軋むたび、どこか懐かしい匂いが風に混じる。その一角にある老舗の肉屋、創業昭和三十年と書かれた木の看板が、油の香りと共に歴史を主張している。
店先のイートインスペースは、四角いスチールのテーブルが3つ。買い物帰りの主婦、職業不明のおじさん、そして僕のような「ただコロッケを食べたいだけの人間」が、思い思いに腰を下ろしている。
僕は揚げたての牛肉コロッケを片手に、ふと考え込んでいた。
コロッケはおやつなのか?おかずなのか?
立ち上る湯気は、まるで僕の探究心のように勢いよく昇り、そしてすぐに溶けて消える。熱しやすく冷めやすい性格の僕は早速スマホで検索してみる。どうやら同じ疑問を抱いた人は多いらしく、過去にはアンケート調査まで行われていたらしい。
結果は「おかずでもあり、おやつでもある」。便利な言い回しだが、どうにも腑に落ちない。
コロッケの本質を「パン粉をまとった揚げ物であり、炭水化物と脂質を主成分とする食べ物」と仮定するなら、昼に白米と食べれば“おかず”、午後の小腹満たしなら“おやつ”。つまり、コロッケの意味は状況によって変わる。
では、コロッケとは固定された属性ではなく、シチュエーションと意識の中で立ち現れる“現象”なのだろうか。
いや、違う。
僕はまだ、コロッケという存在の衣すら理解していない。
そう思った瞬間だった。
隣の席のおじさんが、コロッケにソースをドバドバとかけ始めた。いや、かけるというより、ドブ漬けだ。コロッケの表面が見えなくなるほどの勢いで、滝のようにソースが降り注いでいる。
このおじさんにとって、コロッケとはソースを食すための媒体なのだろう。その光景に、僕は思わず喉を鳴らした。
ソースをかけない派の僕にとっては禁忌の儀式。
僕の手元のコロッケは、まだ金色の衣を湯気としてまとっている。その美しさに一瞬ためらいながらも、僕はソースのボトルを手に取った。
そして…静かに、滝を流し込む。
最初の一滴が、ざらりとしたパン粉の山に触れ、音もなく吸い込まれ、色を変える。続く流れはためらいもなく表面を覆い、サクサクの山々は深い琥珀色へと沈んでいく。
ソースは重力に従いながら、まるで“染み込む”という行為そのものを誇示するように、ゆっくりと、しかし確実に、コロッケという黄金の大地を塗り替えていく。
端のほうでは、まだ金色が抵抗している。だが濃厚な液体はじわりと境界線を押し広げ、ついにはコロッケ全体がひとつの深い色調へと統一されていく。
そう、コロッケは“かけられた”のではない。“受け入れた”のだ。
その瞬間、僕も受け入れた。
理屈ではなく、コロッケという存在そのものを。
僕はゆっくりと、褐色に染まったコロッケを口に運ぶ。
しょっぱ!
前言は、速攻で撤回した。
完
(本文1161字)
あとがき
すみません、なんのはなしですか?的な奴を書いてみたかっただけなんです。あと、私はソースかけない派のおかず派です。
#ショートショート
#コロッケ
#ソース
#おやつ
#おかず
#なんのはなしですか
