掌編 「水平線」
水平線は真っ直ぐに見える。
けれど実際には、波に揺れていて、決して真っ直ぐではない。
要するに、距離の問題なのだ。
遠くの戦争より、目の前のイザコザの方が大きく見える。
事の重要性よりも、近くにあることの重みが勝ってしまう。
でなければ、世界のどこかで大勢の人が傷ついている時に、家でのんきにプリンを食べることなどできるはずがない。
そして問題は、そのプリン─僕のプリンが無くなっているという事実だ。
「些細なことじゃん、また買ってくるよ」妻は口元を拭いながら、軽く言う。
違う。今なんだ。今、食べたかったんだ。
僕はカラメルの水平線を思い描く。黒褐色の、とろりとした海でクロールをする自分の姿を。
だが、僕には分かっている。
食べ物の怨みよりも、遥かに深い夫婦の道理というものを。
僕は笑顔を絶やさず、文句ひとつ口にしない。
背筋を水平に保ちながら…。
完
(本文373字)
あとがき
平和が一番ですね。
