掌編 「雨」 #せりふ三題噺
みるみるうちに、ドス黒い雲が空を覆った。冷たい風は雨を引き連れてきて、街の色をひと息に奪っていく。遠くで雷光が瞬き、遅れて重い雷鳴が頭上へ堕ちた。雨は容赦なく、ただ無作為に、平等に打ちつけてくる。執拗に肌へまとわりつく水滴は、歪な私の輪郭を確かめようとする手つきにも似ていた。傘をささなかったのは、重力に逆らってそれを掲げる意味を、もうどこかで失っていたからだ。右手に握りしめた柄は手のひらに食い込み、震えのせいで持ち替えることすらできなかった。指先は血の気を失い、白く冷え切っていた。降り始めにかすかに匂っていたペトリコールも、時間ごと洗い流されてしまった。街は色をなくし、薄い碧に染まっていく。水溜まりには平坦な世界がさらに薄く、さらに碧く映り込み、私は吸い込まれそうになる。そこでは地平線が波を打ち、光が静かに踊っていた。ふいに、左手をポケットへ入れる。感覚の鈍った指先が、グミの小袋に触れた。それをひとつ取り出し、口に含む。真っ赤なそれは、果実めいた香料をふわりと放ち、やがて静かに甘く溶けていった。ゆるくチープな糖質が体内を巡り、遅れて高揚感と達成感が満ちてくる。右手にまでその波が届いたとき、私はゆっくりと指の力を抜いた。ストンと落ちたそれは、アスファルトの上で硬質な音を立てて跳ね、水溜まりへと沈んだ。
「で、感想は?」
私は、私に問いかける。手のひらに残る、刃先が肉を裂いた鈍い感触が、ふっと蘇る。
「あっけないもんだな」
そう答えると、私は左手に持っていた傘をゆっくりと広げ、碧の中へと消えていった。
完
(本文655字)
あとがき
はらとけいさんの企画『せりふ三題噺』に参加させて頂きました。
■セリフ「で、感想は?」
■三題・傘・グミ・地平線
