掌編 「目覚め」 #せりふ三題噺
スースーとした感覚に目を覚ました。
公園のベンチで司馬遼太郎『草原の記』を読んでいたはずが、陽だまりの温さに負けて、いつの間にか浅い眠りへ落ちていたらしい。新緑の銀杏が風に揺れ、その風はどこかモンゴルの大草原を思わせる乾いた匂いを運んでくる。
その風が、僕の顔の中心をクォ〜っと音を立てて通り抜けた。
……顔の中心が、スースーする。
両手でそっと触れる。硬い。プラスチックのような硬度。筒状で、先がわずかに尖っている。
理解は一瞬だった。
「僕の顔はペンネ・リガーテだ」
ショートパスタの代表格。表面の縦溝はソースをよく絡め、モンゴルの“赤い食べ物”にも、“白い食べ物”とも相性が良い。
その事実を前にしても、僕は驚くほど冷静だった。読み終えた『草原の記』を返却しようと、ベンチから立ち上がる。
筒状の頭は軽いが、風を受けて揺れた。空気抵抗が強く、身体がわずかによろめく。歩き出すと、急に喉が渇いた。乾燥パスタなのだから当然だ。今すぐスープのプールに飛び込みたい衝動に駆られたが、まずは目の前のキッチンカーへ向かった。
メニューを眺めるまでもない。眠気を払うには、エスプレッソしかなかった。
「ショート……いや、グランデサイズで」
波々に注がれたエスプレッソを一気に流し込む。黒褐色の液体は静かに僕の円筒を通り抜け、そのまま地面へと溢れ落ちた。
ビジャビジャと跳ね返るその様子を見つめながら、ようやく僕は事の重大さを悟った。
完
(本文622字)
あとがき
はらとけいさんの企画「せりふ三題噺」に参加させて頂きました。
私以外誰も書けないであろうカオスでシュールな物語にしてみた。やりすぎた感は否めない。また、私は司馬遼太郎の『草原の記』は読んだこともない。それも含めてカオスだと我ながら思った。
■セリフ
「ショート……いや、グランデサイズで」
■三題
・草原・返却・ペンネ
