2025年の高校野球選手権大分大会で、宇佐高校は、ネフローゼ症候群と診断された女子生徒が県内初の女性主将。
こんにちは、翼祈(たすき)です。
2025年8月5日から、夏の甲子園が今年も始まりました!
毎回熱戦が繰り広げられていますが、2025年8月8日の第四試合は、記録にも記憶にも残る、熱戦でした。
19時49分から始まった、滋賀の綾羽高校と高知中央高校の試合は、両校の合意後、延長タイブレークに持ち込み、過去最遅の22時46分まで、行われました。
2025年8月8日まで過去1番始まった時間も終わった時間も遅かった試合は、2021年の同じく第四試合まであって、21時40分がそれまで、1番遅い記録でした。
もっと前だと、今から7年前の2018年、京都の地方大会で、22時37分まであったそうです。
夜遅かったこともあって、鳴り物も鳴らせない中での、応援でした。
勝利した綾羽高校は、クールダウン後、インタビューを受け、23時過ぎに、甲子園を後にしたそうです。
参考:高校野球 綾羽が高知中央にタイブレークで勝利 終了は22:46 NHK NEWS WEB(2025年)
私も、高校生の時、甲子園に応援に行きましたが、あの頃より暑くなかったとはいえ、凄い人の数でした。
前の試合が長引いて、帰って見たら、予約していたビデオが、途中で録画が終わっていました。
ただ、初めて、甲子園で買った記念ボールは、あの時にしか買えないものだったので、宝物です。
2025年7月、夢の甲子園を目指して、闘った大分県の宇佐高校では、病気をしながら、県内初の女性主将になった子がいました。
2025年7月19日、第107回全国高校野球選手権大分大会は、大分県大分市にある別大興産スタジアムで3回戦3試合が開催されました。第1シードの明豊は宇佐に、第2シードの大分舞鶴は大分西にそれぞれコールド勝ちしました。高田は別府鶴見丘打線を零封しました。
今回は、宇佐高校の女性主将となった女の子は、どんな疾患を抱え、地方大会に臨まれたのか?、などを述べていきたいと思います。
腎臓病の「ネフローゼ症候群」を乗り越え、宇佐高校の地方大会の応援に参加した、県内で初めての女性主将の女の子が観た景色や、大会で感じた想いとは?

2025年7月19日の第3試合では、宇佐高校3年生の主将の女子生徒が記録員としてベンチに入りました。大分県高校野球連盟によりますと、大分県内で初めての女性主将でした。
野球部には当初、マネジャーとして入部しました。中学時代にソフトボールに打ち込んでいたことから監督に誘われて選手となり、2024年冬からは主将としてチームを引っ張ってきました。
ですが、2025年4月下旬、腎臓病の一種「ネフローゼ症候群」と診断され、福岡県北九州市の病院で治療を受けました。部員からの寄せ書きに励まされながら1ヵ月半の入院生活を乗り越えました。
参考:病を乗り越えた女子主将、ベンチから声張り上げ鼓舞「最後の夏を仲間と戦えて感謝」 読売新聞(2025年)
2025年6月中旬に退院し、運動制限はありますが、チームに合流して練習を手伝いました。大会では、感染症予防のためマスク越しに大きな声でチームに声援を送りました。
「最後の夏を仲間と戦うことができました。感謝の気持ちしかありません」と熱い想いを述べました。
こういう子は強い
私は過去に甲子園関係の記事を自社メディアにしろ、noteにしろ書いてきました。
甲子園で闘病していた子の記事を書く時は、元々凄い実力のある人で病に襲わなければ、それなりに今後も実績を残していけるだろうという子達でした。
闘病は長いもので、1年以上、闘病した子もいます。
何とか、野球部に戻ってきても、ボールを握る力が無くなったり、体力もなく、練習についていけません。
「もう部活を辞めよう」と思っても、チームメイトがその人が今までどれだけ努力してきたか知っているので、「どんな形でも良いから、チームに残って欲しい」と言います。
記録係だったり、マネージャーになったりして、残ったりします。
実際に甲子園に行った子は、グランドに立てなくても、チームメイトのお陰で、甲子園という夢の舞台に行けました。
入院生活で、『頑張れ』と寄せ書きの色紙をくれたり、支えてくれたチームメイトに、「甲子園に連れて行ってくれて、ありがとう」と感謝を述べた子もいました。
病気は実際に凄く大変なものですし、多くの場合、一生付き合うものです。
それでも、病気がその人を、「負けたくない」と強くする部分もあります。
そのことを、この記事の本題にしろ、再度胸にジーンと来た、お話でした。

