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「一ヶ月で別れました。」

同じ愛着系のトラウマを抱えた病気を持っていた人に彼氏ができた。
SNS上の知らない人だった。
わたしは一種の僻みを抱えがら、それでも心で拍手を送る。
楽しそうだったから、妬ましいなと思いつつ、同じ病気の人が特に完治しなくても愛されている姿は、とても羨ましいし、それからその姿は「わたしもそうなれるかもしれない!!ありのままでも、、愛されるかもしれない」という一種の希望を与えてくれた。
同時に、これは複雑な心理で共感を得られないかもしれないが、わたしの恋愛や全ての人間関係がうまくいかないのは、病気の症状のせいではなく、「魅力がないせいだ」それしかないんだ!と確証を持った。
だって同じ症状なのにそのこはとても可愛かったし「魅力」で愛されているように見えた。魅力はどんなに激しい病気にも勝つんだと思った。魅力こそ正義だなあ。

「一ヶ月で別れました」

ブログのタイトルが更新された時、ああ、そういうことか、と思った。
やっぱり、わたしたちは、病気を完治しなければ愛されないのか??よくわからないけれど、すごい落胆と、今度は、病気を治したら愛されるのかもしれない、という一種の希望みたいなのが湧いてくる。
でもその女の子はとても可愛いのに、最後に「モデルのように美人になって痩せて、魅力的になって愛されて見返す」と書いていた。
そういうことじゃないんだけれどなあ。と思いつつ、その話を人にすると「あんたにそっくり」という。

でも同時に、ずっとずっと「愛される」とか「愛されない」に人生惑わされているわたしって、本当馬鹿らしいと思って、ブログのブックマークをそっと外す。

神様、魅力ってなんでしょうか。
魅力とは、愛される魅力とはなんでしょうか。
わたしにはそもそも備わっていない気がするんです。
欠陥した人間のような気がする。

愛されている人を傍目で見て、涙を流す。ひどく動揺する。こんな毎日は辞めたい!!!

最近、体調が悪いです。
あまり上手にnote書けない。いつものことか。

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