遊女の霊が事故を呼ぶ? 清川ロータリーの本当に怖いもの
はじめに
お空の星は明るいあかり、そらのあかりだよ!
忙しくなってきて、週に2つ記事を書けるかどうかになってきてるけど、今回も頑張った!
2014年、道路交通法が改正されて、「環状交差点」・・・通称ラウンドアバウトが制定された。今日はその制定から半世紀も前から福岡の遊郭の安全を守ってきた環状の交差点「清川(きよかわ)ロータリー」のお話をしよう。
でもまずは、意外と知られていない未来の交差点、ラウンドアバウトについて最初に紹介する。福岡県民には有名な都市伝説もある清川ロータリーについてはその後。
今回も「バイパスをまたぐぶるんぶるんふるえる棒」と同じく、Google StreetViewをつかった考察も交えて紹介するね!
未来の交差点・ラウンドアバウト
日本でも少しずつ導入が進んでいる環状交差点・・・通称ラウンドアバウト。 道を車で走っているとき、次の様な標識が現れたら、ラウンドアバウトが進行方向に登場する合図だよ。

ラウンドアバウトには大きな特徴が2つある。
1. 走り方
大原則となるルールはこの2つ。
・ 交差点内では時計回り(右回り)にしか通行してはいけない
・ 交差点内の自動車が最優先車両
とくに二つ目のルールが重要で、交差点に進入しようとする車は、中の車の進行を妨げないように徐行や一時停止をしなければならない。ちょっといらすとやさんの図で見てみよう。

緑矢印が交差点を出て行く車、青矢印が交差点に入る車、赤矢印が交差点内の車の動きをそれぞれ表している。
交差点内を走っている車は、1周未満の走行のあいだに必ず自分の行きたい方向へ出ていく。
脱出時、その進行を邪魔する対向車はいないから、スムーズに脱出できるよね。
こうやって、交差点内に車が溜まることはなく、どんどん車は出ていく。
つまり、普通の交差点につきものの「右折待ちの車列」が絶対に発生しない構造になっているんだよね。
右折待ちがなくなることは、安全性にも劇的なメリットをもたらすんだ。
みんなも知っている通り、普通の交差点の右折って、対向車線を横切る行為でしょ?
ここにルールを守らない人や一瞬の不注意が重なると、重大な事故に繋がってしまう。
たとえば、対向の直進車の死角から法規を破ってすり抜けてくる二輪車がいたり、右折車側が安全確認を怠ったり。そうした違反や不注意が重なったときに、直進と右折がぶつかる「右直事故」が起きてしまうんだよね。しかもスピードが出やすいから重大事故になりやすい。
「対向車線を横切る右折」という概念そのものを、構造的に消去しちゃうことで、右直事故が起きないってこと!
2. 信号機がない
車同士がルールでスムーズに流れ続ける構造が完成しているからこそ、そもそも信号機を設置する必要がないんだよね。
信号機がないおかげで、夜中など車がいないのに無駄に赤信号で待たされるストレスはゼロ。さらに、大地震や台風で街全体が停電して信号機がダウンしても、この交差点は「時計回りのルール」だけで100%平常通りに機能し続ける。災害時にもものすごく強い交差点なんだよね。
人間の心理と構造的な安全性を計算し尽くした、とてもスマートな発明品だよね。
博多の人たちが遊郭の安全のために産んだ清川ロータリー
あ、遊郭で安全に遊ぶって意味じゃないからね。わたしは遊郭で遊ぶひとについては色々思うところはあるけど、まあ、それを書くところじゃないからそれは脇に置いとく。 ここでは、繁盛した遊郭の幹線道路でよく起きていた交通事故を安全のために減らそうと産まれた、という意味だから!
清川は昔、「新柳町(しんやなぎまち)」と呼ばれていて、九州でも最大級の規模を誇る巨大な遊郭があった場所なんだ。 もともと遊郭は中洲周辺にあったんだけど、明治時代の終わりに街の中心部からこの清川の地へ丸ごと移転してきた歴史がある。碁盤の目のように区画整理された広大な敷地には、豪華絢爛な妓楼(ぎろう)が建ち並び、劇場や飲食店も集まる、まさに夜も眠らない一大エンターテインメント街だった。
当然、そこに集まる人の波も桁違い。 大正から昭和初期にかけて、お客さんを運ぶ交通手段は「徒歩」から「人力車」、そして市内どこでも1円(現在の価値で2000〜4000円程度)で乗れる「円タク」と呼ばれる初期の自動車へと急速に近代化していった。
ここで交通工学的な問題が発生する。遊郭という場所は、治安維持や逃亡防止のために出入り口(大門)が限られている閉鎖的な空間設計になっていることが多い。つまり、特定のルートに異常な数の歩行者、人力車、そして車が集中するボトルネックが生まれるんだよね。
お客さんを乗せてやってきた人力車やタクシーは、入り口で客を降ろした後、狭い道でUターン(方向転換)をして帰らなきゃいけない。でも、人がごった返す夜の街で切り返しなんてしていたら、人と車がぶつかる事故が多発してしまう。
そこで、複数の道路が交わるこのエリアの入り口付近に、車や人力車が「円を描くように一方通行でぐるりと回れば、切り返しなしで安全に方向転換して帰れる(あるいは別の道へ抜けられる)」という構造を作った。これが、清川ロータリーが誕生した交通工学的な必然性というわけ。
まさに未来の先取り!
でも、その走行ルールは現在と全く違っていた。
2014年に環状交差点が道路交通法で整備されるまでの清川ロータリー
まずは、2011年の清川ロータリーの画像をGoogle Street Viewから持っていたのでご覧頂きたい。

清川ロータリーまで30 m程度の地点にはまず、この警戒標識が現れる。これはロータリーに進入する4方向全てに設置されているが、日本でも設置箇所の少ないレアな標式なので、標式マニアにはたまらない逸品らしいよ!

そして現れるのが、その清川ロータリー。すでに遊郭の面影はどこにもないが、2014年にラウンドアバウトが制定されるより半世紀以上前から存在する時計回り限定の環状交差点。きっと多くの福岡市民の命を交通事故から守ってきたのだろう。

しかしよく見て!たしかにこの交差点は左折しかできないことが地面の矢印で明記されている。でもこの矢印が示していることは、「交差点に進入してくる車が優先」そして、交差点内の車に対しては「停止線」がひかれていることからもわかるように、一旦停止が義務づけられていたモノと思われる。
つまり、交差点に進入してくる車は優先道路と同じで、徐行しながらそのままほとんどまっすぐ突っ切ることが出来ていたということになる。
さて、それが2014年にラウンドアバウトが制定されてどうなったか見てみよう。
2014年、ラウンドアバウト制定後の清川ロータリー
さっそくGoogle Street Viewの画像から見ていこう。

地面に描かれている表示が書き直されているのがおわかり頂けるだろうか!そう。清川ロータリーも法律の制定にともなって、未来の交差点に生まれ変わったのだ!
それから12年が経過した今日。
博多のヒトはせっかちで、変化をきらう。伝統を重んじる性格があるわけ。
ということは・・・実はここの清川ロータリー、現在もほとんど南北の道から進入してくる車は交差点内の車を押しのけて、自分が優先だと言わんばかりに突っ込んでくる。
わたしもたまにここを通るんだけど、わたしはちゃんと未来の交差点の通り方をするために内部の車を先に通そうとするんだけど、内部の車は止まって道を譲ってくれるわ、うしろの車にはクラクションをならされるわで、もうめちゃくちゃ。
わたしが正しいんだよ!?
というわけで、法律が制定されたにもかかわらず、事故の多いスポットになっているのではないかと懸念しているあかりであった。
そして、そんな事故が多発するスポットには、都市伝説が生まれる・・・。
ノロイノ清川ロータリー
このロータリー、上の画像を今一度見て欲しい。真ん中にちょっとした緑地があるよね。運転中、あの緑地を見ていると、着物をきた遊女の霊が現れて、事故を誘発するのだとか。
たしかに美しい遊女がぽつんとあそこにたたずんでいるなら、世間のえっちな男性たちはそこを凝視してしまって事故が起こるかも知れない。
というか、緑地を凝視してる時点で脇見運転だよ!そりゃ事故も起こるよ!
そして、もはや遊郭はなくなり、自動車の数もそう多くなくなった今。付近の交差点は全て普通の十字路なわけで、ここだけロータリーとして残しておくのも不自然。ではなぜ、撤去されて十字路にならないのか・・・。
遊郭が夜も眠らぬ不夜城として栄えていた時代。
その入り口たるロータリーの中心には、ぽっかりと口を開けた深い古井戸があったという。すでに水は涸れ果て、生活用水として使われることはなかったが、華やかな街のど真ん中に鎮座するその荘厳な井戸は、街を行き交う誰もが嫌でも目にする特異な存在だった。
ある妓楼(ぎろう)に、ひとりの裕福な男が足繁く通い詰めている遊女がいた。その逢瀬は、かれこれ十年にも及ぶ。 当時の遊女は、十五ほどで夜の街の表舞台に立ち、二十七を迎える頃には引退して裏方に回るのが運命(さだめ)だった。しかし彼女は、その男という強大な後ろ盾があったおかげで、とうに年季の明ける歳を過ぎてもなお、裏方へ退くことなく華やかな世界を歩み続けていた。男は毎晩のように甘い愛を囁き、彼女もまた、彼にだけは単なる客以上の、本物の情を抱いてしまっていたのだ。

だが、暗転の時は突然訪れた。 あれほど熱心だった男が、ぱったりと妓楼に姿を見せなくなったのである。流行り病にでも伏せっているのだろうか——。来る日も来る日も、彼女は格子窓から大門へと続く道を見つめ続けた。しかし、見慣れた彼の外套が夜の帳に紛れて現れることは、二度となかった。
ひと月が過ぎた頃、残酷な真実が彼女の耳を打つ。男は病に倒れたわけではなかった。博多でも名の知れた豪商のうら若き娘と立派な祝言を挙げ、とうに新たな家庭を築いていたのだ。男にとって彼女は、長年手元に置いておくのに都合の良い「美しい鳥」でしかなく、表の世界の妻として迎え入れる気など、はじめから微塵もなかったのである。
パトロンという唯一の羽を失った彼女に向けられる遊郭の目は、酷薄だった。 「あの歳でまだ店に出ているなんて」「とうに年季は明けているのに」——昨日まで彼女を女王と持て囃していた者たちの嘲笑が、薄い壁越しに突き刺さる。そしてついに楼主からは、明日から裏へ回り、下働きとして這いつくばって生きるよう無情な宣告が下された。
永遠を誓った言葉も、煌びやかな鳥籠も、すべては幻だった。 その事実を悟った夜。彼女は一番のお気に入りだった豪奢な着物を羽織り、ひっそりと店を抜け出した。冷たい雨が打ち付ける中、ふらふらと向かったのは、新柳町への入り口であり、華やかな嘘の世界と現実との境界線——あの丸い交差点だった。
深夜の清川ロータリー。 円を描く轍の中心で、暗い口を開けて待つ古井戸。ここは遊郭の大門前。誰もが必ず通り、誰の目にも留まる場所。いつか必ず、あの男もここを通るだろう。
『ここで命を絶てば、老いゆく醜い身を捨てて、若く美しい姿のまま永遠に立ち続けることができる。そうすれば、いつかまたあの人が私を見てくれるかもしれない……』

暗い水鏡に映る、全盛期を過ぎた自分の酷く疲れ切った顔。彼女は彼に貰った一番高価な簪(かんざし)を胸に強く抱いたまま、やわらかな笑みを浮かべたまま、迷うことなくその漆黒の底へと身を躍らせた——。
それからのことである。夜な夜な、井戸の傍らに若く美しい遊女が佇むようになったのは。
やがて、絶望の中で夜の街を去る遊女たちが、彼女に引き寄せられるように、かつての美しさと永遠を取り戻すため次々とその井戸へ身を投げるようになったという。
底知れぬ井戸の底には、捨てられた女たちの深い怨念が澱(おり)のように溜まっていった。
だからこそ、中央の緑地を取り除こうと足を踏み入れた作業員たちの前には、その夜、美しい遊女がふらりと姿を現すのだ。彼女たちと目を合わせた者は、魂を抜かれたように虚ろになり、二度と使い物にならなくなってしまうのだと・・・。

・・・という話があったのかどうかはわからないのだが、遊女たちが身投げをした井戸があって、工事しようとすると呪われるという都市伝説があるんだよね!
ありがち!
あ、太字以外のところは全部わたしの創作だから、都市伝説は太字の部分だけだよ!でも、こうやって枝葉がついて都市伝説って広まっていく。
おわりに
姿の見えない遊女の怨念なんかより、ずっと怖くてリアルなのは「昔のローカルルール」と「現代の法律」が混在して走っているこの交差点の現状そのもの。
清川ロータリーに渦巻く呪いや事故の連鎖を本当に打破したいなら、お祓いに行くより、まずはドライバー全員が正しい「環状交差点の走行ルール」を知るしかないってこと!
みんなもここを通る時は、ルールを守って安全運転でね!
それじゃ、また次の記事でお会いしましょう!長くなっちゃったな!
サラダバー!

追伸
2026年7月中旬、清川ロータリーで警察官がねずみ取りをしているのを目撃したよ!もしかすると、地元のカオスな走り方についに終止符をうとうと動き始めたのかもね!
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