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オーストラリアに住んで6年。私がワーホリを決めた、いくつかの運命的なきっかけ。

オーストラリアに住み始めて、もうすぐ7年目を迎えようとしています😳

あっという間の月日だけど、オーストラリアに降り立った日のこと、楽しかった思い出、少し寂しかったこと、今でも全部、昨日のことのように覚えています。

「毎日、夢を見ているみたい」

大好きなゴールドコーストに落ち着いた今でも、ふと、そんな風に思う瞬間があります。
最初の2年は割と引っ越し続きで、いろんな街を転々としていた私。

今回は、そんな私が「なぜワーホリを、しかもオーストラリアを選んだのか」という、すべての始まりについてお話ししたいと思います。

すべての始まりは、18歳。タイのバックパッカー宿での出会い

最初のきっかけは、18歳の頃に行ったタイへの一人旅でした。

初めての一人海外。当時はお金もなくて、最終日に泊まったのは、仕切りのあるカプセルホテルのような男女混合のバックパッカー宿でした。(いつもは女子部屋を選んでいたけれど、その日に限って空いていなくてね、、、)

そもそも、なぜ18歳の私がそんな無鉄砲な一人旅をしていたかというと、沢木耕太郎さんの名著『深夜特急』にどっぷり影響を受けていたからなんです(笑)

旅人たちのバイブルとも言われるこの本を読んで、「私も自分の目で広い世界を見てみたい!」と、バックパック一つで飛び出していました。

そんな、まさに『深夜特急』の世界を気取っていた宿で、たまたま出会ったのが、20代後半の旅慣れた日本人男性でした。些細な会話の中で、彼が言った言葉が今でも忘れられません。

「オーストラリアのファームでめちゃくちゃ稼いだんだよね。色んな人と出会えたから、今こうやってタイをフラフラできてる。旅行と実際に住むのは本当に違うよ。でも、オーストラリアは住んで本当に良かったと思えるから、まじでおすすめ!」

当時の私は、ワーホリという仕組みを深く考えていなかったし、実は2か月後に友だちとの旅行でオーストラリア行きの航空券をすでに持っていたので、「へぇー、オーストラリア楽しみだな🎶」くらいにしか思っていませんでした。
連絡先だけ交換してその日は終わったけれど、この言葉が、私の心に小さな種をまいてくれたんだと思います。

行けば行くほど恋に落ちる、オーストラリアの魔法

その2か月後、高校の友達のしおりんとケアンズ&メルボルンの弾丸旅行へ!

英語が話せるしおりんに頼りきりだったけれど😂、ケアンズのトロピカルな雰囲気にも、メルボルンの都会的な街並みにも、着いた瞬間から「わぁ、なんていい街なんだろう…」と心が躍りました。

そして2017年。当時、大好きなインスタグラマーたちがこぞってバイロンベイの素敵な写真を載せているのを見て、居ても立っても居られず、ゴールドコースト行きの航空券を購入。

バイロンベイに1人で行った時は、現地にいたあやかさんに色々情報を教えてもらったり、困っている時に見ず知らずの優しい日本人に助けてもらったり。オーストラリアに行くたびに、人の心の温かさに触れる旅になりました。

その後も、ゴールドコーストへ2回、翌年には母とシドニー、ウルル、ケアンズを周遊したり……。

気づけば、オーストラリアは私にとって「特別な国」になっていました。「どうしても、ここに住んでみたい」。

そのとき、あの18歳の日にタイのバナパ宿で出会ったあの人の言葉が、頭の中で鮮やかによみがえったんです。

「そうだ、私にはワーホリという選択肢がある!」

楽しかった仕事、大切な約束、そして決断

だけど、当時の私は新卒で入社したばかりの社会人1年目。
旅行会社での仕事は本当に楽しくて、会社を辞めたいなんて1ミリも思っていませんでした。ただ、どうしてもワーホリに行きたい。

母親とは「最低でも1年は続けようね🤝」と約束していたので、まずは1年しっかり働きました。結果的に職場のスタッフが良すぎて、気づけば3年が経っていました。

そして3年目、ついに決断の時。
「ワーホリに行こうと思います」と職場のマネージャーに打ち明けました。するとマネージャーは、
「俺は行かなくて後悔したから、絶対に行くべきだ!」
と、全力で背中を押してくれたんです。本当に恵まれた環境にいたな、と今でも感謝しかありません。

それからセブ島への短期留学で英語を詰め込み、日本に戻って母との最後の思い出旅行を堪能し、いよいよオーストラリアへ旅立つ準備が整いました。

最高の愛に見送られて

出発直前、私の周りの大好きな人たちが、最高の温かさで送り出してくれました。

友達みんなが「寂しくなるけど、全力で楽しんできて!」と口を揃えて言ってくれて。

大好きなおばあちゃんも、寂しい気持ちを堪えて「やりたいことはやる!なんでも楽しむもんだよ!」と笑顔をくれました。
そして一番心配してくれていたお母さんも、「毎日、しっかり食べるんだよ!」って。

自分で言うのもアレですが、私は本当に周りの友達や環境、そして家族に恵まれているなと思います。みんなのその温かい言葉があったから、私は一歩を踏み出す勇気をもらえました。

たった6年で、海外で家を買うまでに。

そうしてオーストラリアに飛び立ってから、早くも6年が経ちました。

あの日、ゴールドコースト空港に降り立った私が、まさか6年後、この国でマイホームを購入することになるなんて、当時の私は1ミリも想像していませんでした。

英語もろくに話せなかった私が、大好きな街で暮らし、大好きな人に出会い、ついには自分の家まで持てた。

「人生、何が起こるか本当に分からない」

オーストラリアという国は、一歩を踏み出した私に、想像を遥かに超える最高の景色を何度も何度も見せてくれました。

最後に:一歩を踏み出そうか迷っているあなたへ

あの時、タイの宿での偶然の出会いから始まって、大好きな街への旅行、そして温かい人たちの後押しがあって、今の私のオーストラリアライフがあります。

新卒の仕事を辞めるのも、海外に飛び出すのも、もちろん怖くなかったと言えば嘘になります。だけど、勇気を出して一歩を踏み出したあの日の自分に、今の私は心から「ありがとう」と言いたいです。

もし今、この記事を読んでくれている人の中に、「海外に行ってみたいけれど、どうしよう」「今の環境を変えるのが怖い」と迷っている人がいたら、これだけは伝えたいです。

「人生、やりたいことは全部やって、楽しんだもん勝ち!」

一歩踏み出した先には、想像もしていないような素晴らしい景色と、温かい出会いが待っています。私のこのストーリーが、誰かの小さな勇気のきっかけになれば嬉しいです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!🤍
イイネもよろしくお願いします✨

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