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知っていることから、活用することへ

題名をうまく付けられず、ちょっと内容とリンクしていないかもしれませんが..…

昔むかし、特にパソコンに関する知識というか情報は、雑誌や専門書から得ることがほとんどでした。
月刊誌の発売日になると、十数キロ離れた隣の市の大きな本屋さんに行って本を手に取り、実際に自分が求めている内容が書かれているのか確認し、購入して何度も読んで自分の知識とする。
お金を払って購入したものなので、無駄にしたくはなくて何度何度も読んだものです。
つまり、知識や情報は物理的に自分が買った本や雑誌という形で自分の手元に存在し、そこから得たものは、知識として自分の頭の中に存在するものだったんですね。

パソコン通信という情報源もありましたが、時間で課金される方式(従量制)だったので、私の場合はごく短時間しか接続できませんでした。

そしてその後、インターネットの時代になると、情報を得ることは容易になりました。
しかも検索機能で求める情報に比較的容易にアクセスして得ることが出来るようになりました。

そうすると、その人の持っている情報量以外に、いかに効率的に検索できるか、情報の引き出しをたくさん持っているかが、重要な要素になってきました。
また、インターネットにアクセスして得た情報の真偽を見極める能力..…も重要になってきていますよね。

知識として詳しい情報を持っていなくても、そういえばあんな情報があったなとか、あんな事ができるっていう情報があったな.…とか。

本で例えると、昔は目次(索引も含む)と本文をすべて情報として手元に持っていないといけなかったのが、今は本の目次さえある程度理解できていれば、本文という情報はインターネットを通じて検索して得ることができる。
そう、
本の目次や索引はデータベースでいうインデックス(Index)のようなもの。

さらに、AIという新たな技術が、私たちに多くの情報を提供してくれるようになりました。

このようにインターネットやAIの技術の進歩で、情報を得るということが容易になった反面、自分の手元に物理的な情報として存在しないということが、少しもの足りないというか寂しいというか、そんな気もする今日このごろです。

私の本棚には、1970年代後半からのパソコン関係の専門書や雑誌が並んでいます。
入り切らないのは段ボール箱でかなりの数保管していました。
昨年だいぶ整理(廃棄)したので今は数は少なくなりましたが、時々手にとって眺めたりしていると、当時の自分の書き込みがあったり、付箋が貼られていたり、そういうのを目にすると、これが私の知識や情報の元だったんだなと、その当時に思いを馳せて懐かしんだりしています。

今は情報の洪水の時代。
その情報の洪水に飲み込まれずに、自分の求める信頼性のある情報を得るようにしたいものですね。
そして得た情報を有効に活用したいものです。

最後まで、まとまりのない内容になってしまいました。m(_ _)m





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