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釧路市阿寒で鹿肉丼を味わい考えた、ジビエと環境問題のこれから

こんにちは。北海道・釧路市阿寒町地域おこし協力隊の西本です。
11月に入った阿寒町は、朝晩に氷点下になることも増え、山の稜線が白く化粧を始めました。
今日は丸一日の休みだったので、ふらっとドライブに出かけました。

ぼーっと運転しながら景色を眺める時間は、僕にとって大切な思考の整理時間です。
パソコンの前では「効率よくこなさなきゃ」と目の前のタスクに追われがちですが、車の中では少し先のことまで、焦らず考えられる気がします。

道の駅 阿寒丹頂の里で食べたのは、名物の鹿肉丼


阿寒の道の駅では、地元のエゾシカを使った料理が人気で、他にもエゾシカバーガーなどが販売されています。
サクッと歯切れがよく、それでいてしっとり柔らかい
以前から何度か食べているジビエですが、
「ジビエってこんなに美味しかったんだ!」と再認識しました。


🌱 ジビエ=臭くて硬い? それ、もう昔の話です

「ジビエは臭い」「硬くて食べづらい」──そんな印象を持っていませんか?
実は、美味しくないジビエの多くは、処理の仕方に原因があります

以前は、猟師さんが山で仕留めた鹿を自宅に持ち帰って解体することが多く、どうしても時間がかかったり、血抜きが不十分になることがありました。
その結果、「獣臭い」「噛みきれない」といったイメージが定着したのです。

でも今は違います。
全国で、認証制度を取得した食肉処理施設が整備され、捕獲から処理までのスピードや衛生管理を徹底されるようになりました。
そのおかげで、臭みがなく上質な味わいのジビエを、道の駅や飲食店でも普通に楽しめるようになっています。

ちなみに、鹿肉は鉄分が豊富で脂質が少ないスーパーフード
女性に不足しがちな栄養をしっかり補える、頼もしい存在でもあります。


🌱 「駆除」は残酷なこと? いいえ、それは自然を守るための選択です

食べるために動物を殺すなんてかわいそう」と感じる人もいると思います。
僕自身も、もちろんそう感じます。

でも、実際の森林では、鹿が増えすぎることで生態系が壊れているんです。
山の草や新芽、木の皮まで食べ尽くされ、やがて木々が枯れ、土がむき出しになり、雨が降れば土砂崩れや河川氾濫の原因にもなります。

さらに釧路市では、令和5年度だけで年間2.5億円もの農作物被害が出ています。
豊かな森と農地を守るためには、鹿の数を「適正なバランス」に保つことが必要なんです。
鹿が憎くて「駆除」をしているのではなく、自然全体のバランスを守るための苦渋の選択なんです。


🌱 アイヌ文化に教わる、命をいただくということ

北海道・阿寒エリアには、アイヌ文化が今も根付いています
僕は阿寒に移住して、その考え方に深く感銘を受けました。

アイヌ文化では、鹿は「ユク」と呼ばれ、鹿を司る神(ユクコル・カムイ)が地上に遣わした贈り物だとされています。

だからこそ、鹿をいただくときには、その命をもたらしてくれたカムイに感謝し、毛皮から骨の一本まで大切に使う
そうして丁重に扱われたカムイは喜び、また地上に新たな恵みがもたらしてくれる──そんな命の哲学が、アイヌの暮らしにはあります。

この考え方を知ってから、「ジビエを食べる」という行為の意味が変わりました。
それは単なる「肉を食べる」ことではなく、自然とつながり、命をいただき、お返しするサイクルなのだと感じています。


🌱 ジビエを食べることが、環境保護の応援になる

僕は「ゆるベジタリアン(フレキシタリアン)」を実践しています。
普段の食事ではできるだけ植物性の食材を選び、外食のときは無理せずお肉も楽しむスタイルです。

そんな僕でも、ジビエは積極的に食べたいと思っています。
なぜなら、ジビエは「食べるために育てられた命」ではなく、人間の暮らしと自然のバランスを守るために頂く命だからです。

家畜のように一生を檻の中で過ごすわけでもなく、野生を生き抜いた命。
その命を責任を持って最後までいただく。
そして、アイヌの教えにある「感謝」と「循環」の心を忘れずに。
それは、現代を生きる僕たちにもできる「優しい選択」だと思います。


🌱 おわりに──自然と人のバランスを、もう一度考える

北海道釧路市・阿寒町に移り住んでから、僕は「自然と人間のバランス」について考える機会が格段に増えました。

メガソーラー建設の話題や、野生動物の出没、そして今年は全国的にもクマの被害が多く報じられました。
どれも「人の暮らし」と「自然の営み」が、どこかで重なり合い、ぶつかり合っている現象だと感じます。

釧路の広い空と湿原を見ていると、自然はただ“守る”ものではなく、ともに生きるための知恵を学ぶ存在なのだと思うようになりました。

道の駅で食べた鹿肉丼をきっかけに、「いただきます」という言葉の意味を改めて噛みしめています。
誰かの手によって捕らえられ、捌かれ、料理になり、そして僕たちの体の一部になっていく──その背景を知ることで、食べることがただの「消費」ではなく、命の循環に参加する行為になる気がします。

これからも僕は、できる範囲で環境に優しい選択をしていきたい
そしてその一歩として、「ジビエを選ぶ」という行動を続けていきたいと思います。


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