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つわりのしんどさと安産かどうかは、他人が決めるものじゃない


つわりってさ、
ほんまに人それぞれやと思う。

同じ妊娠経験してても、
「めちゃくちゃしんどかった」って人もいれば、
「意外と平気だった」って人もいる。

でもそれって、
比べられるものじゃなくない?ってわたしは思う。

だって、
その人が感じてる“しんどさ”って、
結局その人にしかわからないから。

私は3回妊娠して、
3回ともつわりで7キロ痩せた。

普通にしんどかった。

でも、
なんとか動いてた。

それはもしかすると
私がお酒好きすぎて、
二日酔いに慣れすぎてたお陰?もあると思う(笑)

頭ガンガン痛くても、
気持ち悪くて吐きそうでも、
胃がムカムカ、キリキリ痛くても、
それでも仕事行く。
みたいなのを独身時代に散々やってきた。

だから「あーもう無理。」
ってなりながらも、
“動きながら気を紛らわせる”
みたいなのが染みついてた。

しかも私は、
食べても気持ち悪い。
食べなくても気持ち悪い。
なら、
食べたほうがマシじゃね?

みたいな思考だった。

吐かなかったらラッキー!
吐いたら「だよねー」くらいのテンションじゃないと、正直やってられなかった。

だから周りから見たら、
「つわり軽い人」
「食べてる人」
に見えてたかもしれん。

でも本音は、
何もしたくなかった。

ずっと横になってたかったし、
誰かにご飯作ってほしかったし、
子どもの面倒も見てほしかった。

でも、
頼れる人がいなかった。

実家は遠方。

しかも当時は、
主人のおばあちゃんと同居。

昔の人って、
“嫁が寝てる”
に厳しかったりするじゃん。

だから、
しんどくても動くしかなかった。

1人目はまだよかった。

でも2人目以降は、
上の子がいるから必然的に休めない。

どんだけ気持ち悪くても、
どんだけしんどくても、
家事をしないことには減らないし、
ご飯を作らないと食べれないし、
保育園も仕事もある。

だから、
なんとか気合いで動いてた。

でも、
“動けてた”から、
周りからは
「大丈夫な人」
に見えてたんやと思う。


逆に、主人の妹は、
「しんどい」をちゃんと出せるタイプだった。

集まりがあっても、
ソファで横になって、
「きつい〜」って言えるタイプ。

子どもも周りに見てもらう。

それ自体は悪いことじゃないと思う。

しんどい時は、
休んでいい。

でも、
私はどうしてもモヤモヤしてしまった。

私がつわりの時、
義母は何も手伝ってくれなかったから。

「大変そうね〜、頑張ってね」
くらいだった。

でも妹ちゃんが妊娠した時は、
義母が泊まり込みで手伝いに行ってた。

もちろん、
頼れる人がいるなら頼ればいいと思う。

でも、
自分が限界の時に頼っても来てもらえなかった経験があると、
やっぱり苦しくなる。

実際、
うちの3番目が熱性けいれんで救急車に運ばれた時も、
上の子たちも熱があって、
ほんまに詰んだって時に義母にお願いしたけど、

「妹ちゃんの手伝いに行くから無理」

って断られた。

たぶん、
その積み重ねなんやと思う。

だから、妹ちゃんや義母に
「あきまるちゃんは安産でいいよね」

って言われた時も、
なんかしんどかった。

私は3人とも自然分娩で、
母子ともに健康だった。

だから結果だけ見たら、
確かに“安産”なんかもしれん。

でも、

1人目は出産時の出血も多かったし、
2人目は糖尿病の検査も何回もしたし、
B群溶連菌が陽性だったから母子の致死率の話もされた。

3人目は、
陣痛中に赤ちゃんが全然動かなくて、
先生たちの顔見ながら、
私まで不安になってた。

いろいろあった。

それでも、
無事に生まれてくれたから、
自分で「安産だった」って言ってるだけ。

でも、周りが
「安産でいいよね」
って言うのは、
なんか違うと思う。

出産って、
軽いものじゃない。

安産だろうが、
難産だろうが、
身体はボロボロになる。

だから私は、
“安産”
って、産んだ本人だけが使っていい言葉なんじゃないかなって思ってる。


つわりも、
出産も、
育児も、
比べられるものじゃない。

しんどさって、
その人にしかわからないから。


だからせめて、
「母子共に無事に産まれてよかったね」
は言えても、

「安産でいいよね」

だけは、
簡単に言わないでほしいなって思う。

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