夢を諦めた大人と、夢しか知らない子ども
それでも、なぜかこの物語が気になって、
胸の奥が少しだけざわついている人へ。
もう夢なんてない。
そう言い切れるほど、強くもなれなかった。
かといって、
「まだ夢を追っている」と言えるほど、
素直でもいられなかった。
仕事をして、生活をして、
それなりにちゃんと生きているはずなのに、
ふとした瞬間に、こんな問いが浮かぶことはありませんか。
あの頃、信じていたものは、どこへ行ったんだろう
諦めたはずなのに、なぜか胸が痛む
もし、あのまま続けていたら、今はどうなっていただろう
この物語は、
「夢を叶える話」ではありません。
そして、
「もう一度頑張ろう」と
背中を押す話でもありません。
描かれているのは、
夢を諦めた大人と、
夢しか知らない子どもが、
ほんの短い時間、同じ場所に立っただけの話です。
でもその時間が、
大人の人生を、
少しだけ違う角度から照らします。
もし今、
「自分の人生、このままでいいのかな」
そんな問いが、心のどこかにあるなら。
この先を、
ゆっくり読んでみてください。
夢を諦めた大人と、夢しか知らない子ども
夕方の公園は、いつも取り残されたような場所だった。
昼でも夜でもない。
何かを始めるには遅く、何かを終えるには早すぎる時間。
仕事帰り、僕は無意識のまま足を止めていた。
家に帰る理由も、帰らない理由も、
どちらも同じ重さで胸に残っていたからだ。
ベンチに腰を下ろし、ネクタイを緩める。
今日も一日、何事もなく終わった。
それは、かつて欲しかったはずの「普通」だった。
安定していて、問題がなくて、
誰にも迷惑をかけない生活。
それなのに、
胸の奥に、ずっと小さな空白が残っていた。
グラウンドの端で、
ひとりの男の子がボールを蹴っている。
教えてくれる大人もいない。
ただ、同じ動きを何度も繰り返している。
転んで、砂を払って、また立ち上がる。
失敗しても、眉をひそめることなく、
笑ってやり直す。
その顔を見た瞬間、
胸がぎゅっと締めつけられた。
——ああ、僕も、こんな顔をしていた。
そう思った瞬間、
すぐに目を逸らした。
思い出してはいけないものに
触れてしまった気がしたからだ。
子どもの頃、僕にも夢があった。
口にするたびに胸が熱くなり、
その未来を信じる自分が、
少し誇らしかった。
でも、いつからだろう。
夢という言葉を、
「現実的じゃない」と
言い換えるようになったのは。
諦めた、という言葉は使わなかった。
代わりに、
「選んだ」
「仕方がなかった」
そうやって、
自分を納得させ続けてきた。
「おじさん」
声をかけられて、心臓が跳ねた。
さっきの男の子が、
ボールを抱えて立っていた。
額に汗をにじませ、
目を輝かせている。
「それ、何ですか?」
視線の先には、
僕の膝の上に置かれたノートがあった。
仕事用のメモ帳。
けれど、その最後のページには、
若い頃の僕が書いた言葉が残っている。
誰にも見せなかった、
夢の痕跡。
「……昔のメモだよ」
男の子は少し黙り、
それから聞いた。
「夢ですか?」
胸の奥で、
何かが小さく音を立てた。
夢。
もう自分の人生には
登場しない言葉だと思っていた。
「もう、夢じゃない」
そう答えると、
男の子は不思議そうに首を傾げた。
「どうして?」
理由は、いくらでもあった。
時間、才能、年齢、責任。
でも、どれもこの子の前では、
言い訳にしか聞こえない気がして、
言えなかった。
「……続けなかったから」
男の子は、
しばらく考えてから、
静かに言った。
「ぼくね、プロになるんです」
その声には、
揺れがなかった。
「毎日やってるから。
できない日もあるけど、
やめなかったら、
なれるって思ってます」
胸の奥で、
何かが崩れた。
僕は、
かつて同じ言葉を言っていた。
同じ目をして、
同じ未来を信じていた。
「……すごいな」
それ以上、
言葉が出なかった。
男の子は照れたように笑い、
何事もなかったように
グラウンドへ戻っていった。
夕日が沈み、
空の色が変わっていく。
僕はノートを開いた。
そこに書かれていたのは、
「なりたい自分」の名前。
拙くて、真っ直ぐで、
今見ると、
胸が痛くなるほど眩しい文字。
「やめたんじゃない」
小さく、呟いた。
「……置いてきただけだ」
その瞬間、
胸が熱くなった。
夢は、消えていなかった。
ただ、
もう一度失敗するのが怖くて、
挑戦する自分を、
裏切っていただけだった。
グラウンドの端で、
男の子が転んだ。
一瞬、息を呑む。
でも彼は、
すぐに立ち上がった。
泣かずに、笑って、
またボールを蹴った。
その姿を見て、
はっきりと分かった。
僕が諦めたのは、夢じゃない。
「信じ続ける自分」だった。
帰り際、
男の子が振り返って叫んだ。
「おじさんも、がんばってください!」
何を、とは言わなかった。
でも、その一言で、十分だった。
僕は立ち上がり、
ノートを胸に抱いた。
今日、人生が変わったわけじゃない。
明日から何かを始めると、
決めたわけでもない。
それでも——
夢を持っていた自分を、
ようやく否定せずに済んだ。
それだけで、この夕方は、
これまでのどんな一日よりも、
確かな意味を持っていた。
夢を諦めた大人と、
夢しか知らない子ども。
あの公園で出会ったのは、
他人じゃなかった。
時間を隔てて、
置き去りにしてきた、
自分自身だった。
あとがきエッセイ
この物語は、
夢を追い続けた人の話ではありません。
むしろ、
夢を置いてきた人のために書きました。
叶わなくてもいい。
続けられなくてもいい。
途中でやめてしまってもいい。
それでも――
もし今、
胸の奥に、
何か懐かしい感覚が残っているとしたら。
それはきっと、
夢を追いかけていたあの時間が、
あなたにとって、とても楽しい時間だったからです。
結果が残らなくても、
形にならなくても、
人に誇れなくても。
その時間は、
あなたの人生の一部として、
今も、これからも、
静かに息をし続けています。
だから、
夢を見ていた頃の自分を、
どうか責めないであげてください。
最後まで読んでくださって、
本当にありがとうございました。
あなたが、
夢を追いかけていた時間を、
ふと思い出してしまったのは、どんな瞬間でしたか。
よければ、コメントで教えてください。
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ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
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