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【自分語り】「いま あなたに伝えたいこと」を紡ぐ(投稿コンテスト)

今回は久々に自分語り!というか、note公式で投稿企画のコンテストを見かけて、最近の出来事として投稿してみたい内容があったので記事をしたためてみました。

テーマは『いまあなたに伝えたいこと』ってことで、概要は公式記事をご覧ください。

僕の細かな経歴はプロフィール記事を見ていただけると幸いですが、マンガ好きで70,000冊以上を貯蔵している僕が、過去を乗り越えて感謝したい想いを記したいと思います。

普段はマンガの名言から『一歩を踏み出す勇気』を伝えたいとマンガを紹介していますが、今回は大切な人の死から紡がれた想いをお伝えできたらと思っています。

以前記事にした内容の続編になっちゃうんですが、この記事だけでも完結する内容にしたいと思ってますので、興味があれば覗いてみてください。

せわしない日々の中でついつい後回しにしてしまったり、照れくさくて飲み込んでしまった感謝の言葉や勇気が出なかった想いは、もしかしたら僕だけでなく誰しもが持っているかもしれません…。

僕はそんな言葉や想いを胸に、先日、岐阜の地を訪れました。

あの日、2011.3.11から15年という月日が流れ、東日本大震災という未曾有の災害が日本を襲った裏で起きた1つの事故…。

かつて20歳だった僕が婚約指輪を贈り、生涯を共にすることを誓った女性は不慮の事故に遭い、日本中が震災の大混乱でニュースになることもありませんでした。

その翌日に彼女は亡くなり、震災の影響で彼女の死に目にも、葬式への参列も叶わなかった僕は、遺族との話し合いの中で時間が止まり、そして多くの葛藤を経て再び動き出しました…。

15年という節目で彼女のお墓参りと、彼女の家族、そして恩師と再会した帰り道、ふとnoteを開いたときに「いまあなたに伝えたいこと」という記事が目に留まり、今回のエピソードを綴りたいと思いました。

たぶんこれまでの想いも含めて言語化したかったんだと思いますが、なによりも「彼女への感謝」を伝えたいって気持ちが強く心の中にあったんだと思います。

今回の記事はコンテストという形でいただいたテーマではありますが、僕にとってはかつて絶望の淵にいたところからマンガや友人、彼女の家族、そして恩師に救われたことを彼女に伝える機会でもあります。

記憶の濃いうちにメモした内容をまとめているので、読みづらい文章が散らかった内容になっているかもしれませんが、ぜひお付き合いください。


変わらない再訪と時間の重み

先日の3/13、僕は毎年変わらない行事として彼女の命日の翌日に岐阜を訪れました。

かつては彼女の家族に合わせる顔がないという身勝手な負い目から、あえて日にちをずらしてひっそりと訪れていたこの日も、いまでは僕にとって大切な「再会の日」となっています。

墓前に着くと、すでに彼女のお父さんの姿があって「ああ、あじゅまるくん。今年も来てくれたんだね。」と声をかけられました。

もう1年が経ったんだなとお父さんの顔を見て感慨深くなったのと同時に、線香を添える少し小さくなったお父さんの背中を見て、15年前にパン屋の修行をさせてもらったときには、すごく大きく頼もしかった背中だったなぁ…と胸が熱くなりました。

お父さんは今でも毎朝ここへ通っているそうで、この15年間もの間、ずっといろんな想いを巡らせながら墓前に向かってきたんだと感じました。

僕も軽くお墓を撫でて、彼女が好きだったカレーパンを供えました。

かつて、彼女とのメールのやり取りで知った数少ない情報の1つでもある「カレーパンが好物」と送られてきたガラケーの画面が、今でも鮮明に思い出されました。

そんな些細な思い出が、今も僕と彼女を繋いでいます。

彼女の実家へ向かう道中、「15年か…。長いようで昨日のことのようでもあるな。君も立派な父親になったんだね…。」というお父さんの言葉に、僕は自分の家族のことを思い出しました。

僕は現在、会社員として働きながら一児の父として慌ただしい毎日を送っています。

彼女と歩むはずだった未来とは違う形かもしれませんが、僕は今、懸命に生きています。

「お父さん、あのとき僕を突き放してくれてありがとうございました。」と、僕は15年前に飲み込んでいた言葉を口にしました。

彼女を亡くした直後、混乱の中で「自分がパン屋を継いで、妹さんの学費も出す」と独りよがりの提案をした僕を、お父さんは厳しく、そして優しく拒絶してくれました。

「あのときは君の未来を奪うわけにはいかなかったんだよ。君には君の人生がある。娘もきっとそれを望んでいたはずだから…。」と。

そんなお父さんの言葉は、かつて僕を救ってくれたマンガ『まじめな時間』と重なりました。

※『まじめな時間』は、不慮の事故で亡くなり幽霊になった女子高生の主人公・植村一紗の視点から、遺された家族や友人がその死にどう向き合っていくかがリアルに描かれた作品です

この作品の主人公である娘を事故死で亡くした母親が呟いた「一生無理なんだろうけど、まあ……、なんとかやってくわ。」という言葉…。

その言葉に込めらているような、僕たちは乗り越えられない悲しみを抱えたまま、それでも「なんとかやっていく」ことで今日まで歩んできたのだと実感しました。

継承される想いと新しい芽吹き

お墓参りの後、僕は彼女の実家であるパン屋さんを訪ねました。

かつて震災の揺れでガラスにヒビが入っていたお店の扉は美しく磨き上げられてて、扉を開けると小麦の香ばしい匂いとともに、当時高校生だった妹さんの姿がありました。

そして「あじゅまるさん、お久しぶりです!」と明るい声で迎えてくれました。

妹さんも今では立派な大人の女性になっていて、当時は大学進学を諦める結果になりましたが、今はお父さんを支えながら自分の道を歩んでいます。

軽く挨拶を交わした後、妹さんはこんなことを話してくれました。

「お姉ちゃんが言っていた『学校教育の在り方を見直したい』っていう夢をあじゅまるさんが引き継いでくれたけど、実は最近、私も別の形で引き継げているかなって思うんです。この店に来る子どもたちが笑顔でパンを食べてくれる。それも1つの教育なんじゃないかって…。」

妹さんの言葉に僕は涙しそうになって、目を隠すように深く頷くことしかできませんでした。

でもその言葉は、亡くなった彼女が志半ばで残した「忘れ物」は、15年経っても決して消えてしまったわけではないんだなと感じた瞬間でもありました。

彼女の実家であるこのパン屋さんに向かう道中、お父さんと15年前の「拒絶」について話していたことを伝えると、妹さんもそのことがずっと心のどこかで棘のように刺さっていたとのことでした。

「あのときは私も突き放すような真似をしてごめんなさい。でもね、あのときの私たちは、あじゅまるさんの優しさに甘えてしまったら、一生自分たちで立ち上がれなくなる気がしたんです。お姉ちゃんを亡くして、大学進学を諦めて…。それでも、自分の足で歩くことだけは諦めたくなかったんです。」と…。

妹さんの言葉を聞いた僕は15年目にしてようやく、あのときの「拒絶」が僕への否定じゃなくて「自分たちの強い自立への決意」であったことを理解しました。

そして繋がれた「学校教育」への想いとして、当時の妹さんはその夢を「引き継げない」と涙ながらに語っていましたが、今は「お姉ちゃんの夢、実は私、別の形で追いかけているんです!」とイキイキと語ってくれました。

妹さんは店内に飾られた地元の小学生たちからの感謝状を指差しながら、「パンを通じて地域の子どもたちが安心して集まれる場所を作る。それも1つの教育の形かなって思ってるんです。」と。

僕は亡くなった彼女が通っていた大学のゼミ教授との出会いをキッカケに大学院へ進み、取得した経緯は少し異なりますがキャリアコンサルタントの資格を取って、より学生たちを支えることをしています。

「お姉ちゃんの見たかった未来をあじゅまるさんが形にしてくれているの、私はすごく嬉しいんです。お姉ちゃんは学校の先生を目指していたと思いますが、違う形であっても繋がってることには変わりないから…。」という妹さんの言葉が胸に刺さりました。

亡くなった彼女が残した「忘れ物」は僕たち遺された人の手によって、それぞれ別の場所で花を咲かせていたんだって実感できて、それはどう言葉で表現すればいいのかわかりませんが、すごく温かい気持ちになれたんですよね。

1泊させてもらって、お父さんや妹さんといろんな話をした翌日、別れ際に妹さんが僕に彼女が大好きだったカレーパンを包んで手渡してくれました。

そしてこんな言葉をかけてくれました。

「あじゅまるさん、あのマンガのセリフ覚えてますか? 『一生無理なんだろうけど、まあ……、なんとかやってくわ。』っていうやつ。私たち、本当によく『なんとかやって』きましたよね…。これからも「なんとかやっていく」ので、また来年も来てください!」と。

そう言って笑い合っていた僕たちの間には、もう以前のような気まずさはありませんでした。

当時を思えば妹さんは生まれて間もない頃に母親を病気で亡くしていて、姉までも事故で失ったことは計り知れない衝撃だったはずなんです。

そして大学進学を希望していましたが、姉の死と震災の影響を受けて専門学校へ行くことを余儀なくされました。

そんな状況の中で実家のパン屋を継ぎ、姉の死を乗り越えようとしてきたけれど、僕たちは乗り越えるのではなく「なんとかやっていく」というもがきながらも前に進んできたんですよね…。

悲しみを乗り越えたのではなく、悲しみとともに歩み続けてきた者同士の静かな連帯感のようなものがあったんだと思います。

車の中で流していたGReeeeNの「空への手紙」の歌詞である、「心配だけはかけないよ 僕も頑張れてるよ」が、ふと気づかせてくれました。

15年という月日は止まっていた時間を動かすだけじゃなくて、悲しみを感謝へと変えるための、まじめで、大切な時間だったのだと…。

『まじめな時間』はもう15年以上前の作品ですが、当時からずっと僕を支えてくれて、そして亡くなった彼女の想いをこうして家族の中に、そして僕の中にも形を変えて生き続けていることを改めて教えてくれました。

彼女が見たかった未来のその先で

カレーパンを食べながら彼女の家から僕が向かったのは、当時彼女が通っていた大学のゼミ教授のもとでした。

この教授は10数年前、絶望の中にいた僕が赴いた彼女の墓前で「私のゼミに来ませんか?」と、僕を大学院へと導いてくれた恩人です。

学校は既に春休みで大学入試を終えたタイミングだったこともあり、教授は僕にゼミに所属している学生8名と話をする機会をくれると同時に、穏やかな眼差しで迎えてくれました。

学生たちと小一時間ほど話した後、教授に彼女の実家に行っていたことを伝えると、教授からこんな言葉をかけてもらいました。

「あじゅまるくん、今日の学生にしてくれた話はすごく良かったよ。君の話には理論だけではない生きた言葉があって、君が大学院で教育学を深めて今は教員ではない形で学生たちを支えている。彼女が語っていた未来を君が代わりに…、いや、君自身の人生として彼女の見たかった未来を彼女に見せているんだね。」と…。

続けて「あじゅまるくん、君の存在そのものが彼女が生きた証なんだよ…。」と。

その言葉に、僕は堪えていた涙を隠すことができませんでした。

そして教授は棚から古いゼミ名簿を引っ張り出してきて、そこには「私、学生結婚するんです。実家を継いでもらって私は大学院へ行くんです!」と教授に嬉しそうに語っていた20歳の彼女の名前があり、そのときのシーンを鮮明に覚えているのだと語ってくれました。

「彼女が直接教壇に立つことは叶わなかったけれど、君という存在を通して彼女の志は今もこの大学に生き続けているんだよ。」と。

僕が仕事の合間を縫って大学院進学のために猛勉強し、入学後すぐにコロナ禍を経て2021年に大学院を卒業しました。

あれから早いもので、もう5年が経とうとしていて、この月日も僕は彼女の思い出とともに走り抜けてきました。

教授が語ってくれたたくさんの言葉は、僕が15年間抱え続けてきた「自分が生きていていいのか」という葛藤を静かに溶かしてくれました。

なんだか僕の中に眠っていた彼女に対する申し訳ないような思いに区切りがついた感覚を得られたんですよね。

そして、教授と交わす言葉の1つひとつが僕の歩んできた道のりに意味を与えてくれて、彼女が言っていた「学校教育の在り方を見直したい」という夢とその本質に、今の仕事や学生たちとの関わりを通じてようやく触れられている気がしました。

僕は教授に「なんか区切りがついたように思います。」と伝えると、教授は頷きながら 「それでいいんだよ。あのマンガで一紗の母親が言ったように、『なんとかやっていく』の積み重ねが今の君の強さなんだから。」と言ってくれました。

研究室を去る際に教授は僕に一言、こう付け加えてくれました。

「君の息子さん、もう小学生になるんだよね。いつか彼にもこの空の下で一生懸命に生きた女性がいたこと、そしてその想いを受け取って君が歩んできたことを、君らしい言葉で伝えてあげなさい。」と…。

15年前、絶望の淵にいた僕に「未来」という選択肢を提示してくれた教授との出会いがあったからこそ、無理に悲しみを克服しようとするんじゃなくて、自分の一部として受け入れて再び歩き出す勇気をもらいました。

遺された僕にもすごく影響を与えてくれる人たちと巡り合わせてくれた彼女に感謝を伝えたくて、その日はまた彼女のお墓を訪ね、数十分ほどでしたがこの2日間で感じたいろんな想いを伝えて帰路に着きました。

15年目越しの彼女への想い(感謝)

ここからの文章は亡くなった彼女(僕の気持ちを伝えたい あなた)に宛てたメッセージです。

いろんな出来事と感情が頭を巡り、上手くまとめられなければ、なんだか気恥ずかしい気持ちが込み上げてきますが、やっぱり伝えたい…。

あの日から15年、いま僕の隣には大切な家族がいて、一児のパパとして忙しくも穏やかな日々を過ごしています。

でも、僕の心の奥底には今も変わらず20歳のままのあなたがいます。

まず伝えたいのは、僕と出会ってくれたことへの感謝です。

自動車学校の受付であなたに一目惚れしたあの夏、たった10通にも満たないメールで教えてくれた「カレーパンが好き」という些細な情報が今の僕にとっても大切な宝物です。

あのとき勇気を出して声をかけた自分を、そしてそれを受け入れてくれたあなたを今でも誇りに思っています。

20歳で交わした結婚の約束、そしてなけなしの貯金で贈った婚約指輪は、あなたとともに生きる覚悟を決めたからこそ、今の僕の「責任感」や「人を愛する強さ」が育まれたのだと感じています。

実家のパン屋さんを継ぐという未来は叶わなかったけれど、あなたと過ごした密度の濃い時間は僕の人生の確かな土台になりました。

そして、あなたが僕に残してくれた「最高の贈り物」についても感謝したいです。

それは、あなたの家族とあなたの通っていたゼミの教授との出会いです。

僕のことを想って拒絶したお父さんや妹さん、絶望の淵にいたときに「あなたが見たかった未来を見に行きませんか?」と声をかけてくれた教授。

そのおかげで僕は今、会社の中で人事というポジションで社員教育や学生への講義、就活のあれこれと、いろんな形でたくさんの人たちの未来を支える仕事をしています。

あなたが志半ばで残した「教育」への想いは、形を変えて、今の僕の活動の中に息づいています。

また、マンガ好きな僕をマンガで励ましてくれた友人と『まじめな時間』という作品に引き合わせてくれてありがとう。

マンガの中で一紗の母親が呟いた「一生無理なんだろうけど、まあ……、なんとかやってくわ。」という言葉に、僕はどれほど救われたことか…。

ちなみにこのマンガをお父さんにも、妹にも、そして教授にも紹介してから、あのセリフをみんな暗記してるかのように覚えてるんだよね。

この2日間で3人から同じセリフを聞くとは想定してなくて、どんだけファンになってるんだよ!って笑っちゃいました。

でもそれくらい、あなたのことを忘れられない人が、ずっとあなたを心に留めていたいと想う合言葉になっているんだと思います。

あのセリフからは、悲しみを無理に乗り越えるのではなく、あなたを失った痛みさえも自分の一部として受け入れ、人生に「区切り」をつける勇気をもらいました。

せわしない日々の中で、僕はあなたのことを思い出さない日もあります。

でもそれは決して忘れたわけじゃなくて、あなたが僕の一部として当たり前の日常に溶け込んでいるからです。

元からマンガが好きだったけど、あなたがいたから僕はより一層、マンガという素晴らしい表現に出会い、誰かの心を救いたいと願うようになりました。

たまに息子にマンガを読み聞かせながら、僕は時折あなたの笑顔を思い出しています。

実は今、僕はGReeeeNの「空への手紙」を聴きながらこの文章を書いています。

「心配だけはかけないよ 僕も頑張れてるよ」の歌詞の通り、前を向いて歩いています。

これからも「なんとかやっていく」つもりだし、相変わらずの景色の中にあなたがいない寂しさは消えませんが、僕ははあなたの分まで、この人生を輝かせたいと思います。

あなたと出会えたから今の僕があるし、あなたを失ったから、命の尊さと今を生きる大切さを学びました。

最後に、あなたがどこかで笑って見ていてくれると信じているから、あのときは飲み込んでしまった言葉を贈りたいです。

僕を見つけてくれて、愛してくれて、本当にありがとう!

まとめ

『いまあなたに伝えたいこと』をテーマにざっと頭の中にある記憶と言葉をスマホに吹き込みました。

そして少し整理しながら文章化する中で、今の自分の軸を作ってくれた人に出会えたんだな…と、嬉しく、そしてしみじみとする気持ちになりました。

この記事を読んでくださっているあなたへ1つだけお伝えしたいことがあります。

それは「あなたにも、伝えたいけれど伝えられていない想いはありませんか?」ということです。

大切な人との別れは、ある日突然、予期せぬ形で訪れるかもしれません…。

「ごめんね」や「ありがとう」を言えるうちに、どうかその想いを大切にしてあげてください。

僕は仕事に向かうため家を出るときや妻や息子が出かけて一緒に付き添えないときには、恥ずかしながらですが、必ず「後悔しない声かけ」をするようにしています。

もしケンカでもしていて不機嫌な気持ちで会話をせずに離れ、そして万が一のときがあったとき、なんであんな態度で終わっちゃんだろうと後悔することが怖いんです…。

だからこそ、これが最後の別れの言葉になっても後悔しない!って思える言葉をかけること意識しています。

また、僕は本当に塞ぎ込んでしまうような出来事があったとき、一歩を踏み出すための勇気をもらえる言葉に支えられてきました。

それは家族や友人たちのような人だけではなく、小説やマンガ、アニメなどの言葉にも救われてきました。

僕はストーリーのある内容の本を読むことが好きで、それは「いろんな人の気持ちになれるから」という部分があって、勇気をもらえるのは小説やドラマや映画、アニメなどもそうなのかもしれませんが、僕はマンガでした。

そして名言・自分に刺さる言葉を集めることを始め、いまでは70,000冊を所有するほどマンガに熱中しています。

この経験を踏まえて、マンガやその作品の中にある名言で誰かが救われる可能性があるならnoteに残して伝えたいと思ってブログを始めました。

今回はマンガ紹介や名言紹介ではありませんが、僕の経験や僕を救ってくれたマンガの言葉が、今この瞬間、誰かの心を少しでも軽くするキッカケになればと思い、ちょっと文章にしてみました。

今回の記事を書くにあたって、改めてコンテストとか関係なく、自分の気持ちを整理するテーマとして本当に素敵な機会になりました。

僕の普段のマンガ紹介とは全然違ったテイストの内容で興味を持ちづらかったかもしれないところは申し訳ないです。

それでも自分の想いを紡ぎ、自分の気持ちを整理するための日記であることも含めてこの記事を残したいと思います。

それでは今回はここまでです。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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