また大喧嘩になった
昨日は割と母と普通に会話するようになってきたけど、もう母の言葉で傷つきたく無かった私はわざと尖った話口調にしていた。
夕食作る時も「ババーズクッキングだな、見といてやるよwww」みたいな挑発的な口調でw
横にいて第三の手足としてやってたけど。
夕食も風呂も上がってテレビを見ていた時に11人家族が出ていた。
子どもたちはみんな、ちゃんと自立していて自分の食器は自分で食洗機に入れていた。
それを見ていて喧嘩になった。
母が「自立してるんだからおまえの洗濯物だけ残しておく。朝は少しでも干すもの減らしたいし。」
と言った。私は切れざるを得なかった。
今まで、喧嘩する前は頑張って朝起きて洗濯物を干すだけ干して気絶するように寝てしまった日もあった。
だけど、あたかも今までずっと母1人でやってきたしこれからもそうだからお前の分は洗ってやんねぇって言い方されて腹が立たない筈がなかった。
差別じゃん。
「弟には洗濯物干せって言ったことないだろ!?」
そう言ったら「追々」と返ってきた。
私は中3の夏休み、すでに心が弱っていて毎日パソコンを開いてはうつ病について調べていた。それなのに夏休みで暇なんだから手伝いなさいと洗濯物を干すことを強要されたことが今もずっと忘れられない。
「ご飯だっていっぱい作ってきたのになんで、差別じゃん。」
そう言うと「ご飯作ってたのなんて1ヶ月ぐらいでしょ?」と返ってきた。
…あり得ない。
私は2024年12月に骨折・入院・手術を経て自立しないといけない。そう思って率先してその年末ぐらいから台所に立つようになり、レシピも幾つか覚えて作れるようになった。
それなのに料理をしていた期間をたったの1ヶ月って…
1年半やってきたのに評価もされないんだね!!
部屋に帰ってジャックダニエルでハイボールを作って飲みながら涙が止まらなかった。
思えば、会社の思っている私のスキルもAWSの資格いくつか持ってる人でしかすぎなくて、Linuxのコマンド操作とか現場で培ってきたものは見てもらえない。
実際に現場でLPICとLinuc Level1を会社で強制的に取らされた人たちが全然コマンドの意味もわかってないのを何人か見てきた。
家でも同じなのかもしれない。
ライブばっか行っていて元気そうだし、引きこもりの弟の方が重大だ!
って感じで私がいくら酒を煽っても会社に通い始めたのに復職まで至らない様子も気にされてない。
病気だけでなく、兄弟間格差にも苦しまされることになるなんて。
この先もこの苦しさは永遠に続くのだろうか…
母方の伯母という人が家族に理解されないと思って絶縁に近い状態で家から離れてしまった気持ちも今はよく分かる気がする。
自分の感受性の高さを呪い、家族を憎み続けないといけないのは辛い。
