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屍喰い蝶の島 三月二十日 ⑤

「そんなわけでもないんですよねぇ。観光客が増えてやはり不注意から事故が起こって、毎年三月二十二日に亡くなられて、碧の洞窟に首無しで上がるんですよ。それに、最近は都会に出て行った若者が戻ってきて、風習など関係のう出歩くなんて事もあって、奇習自体も廃れてきてはいるんですけど……こればっかりは説明も付かないから、民宿に籠もっていろとは言えんわけでして……」

 困り果てている面持ちで神主は茶をすすった。

「ただね、昔と比べると、毎年海で亡くなられる方は増えているんですよ。人死にが出るのが二十二日だけではなくなったのと、身元不明の死体が島近うで引き上げられるのと、昔とは比べられんくらいには。ですけど、明らかに御先様に海へ牽かれた方の死に方は本当に残酷なんですよねぇ……。潮流に巻き込まれるかして、岩場に擦られて首が捥げて、首無し死体で碧の洞窟に上がる。必ず、です」

「例えば牽かれなかった犠牲者が碧の洞窟に上がることはあるんですか」

「ないんじゃないかなぁ。不思議なことです」

 神主が否定するように手を振った。

 夜須は生首の掛け軸で中断されたシジキチョウの話を振ってみる。

「シジキチョウは水死体の肉を食うんでしょう? 碧の洞窟でなくても出現するのでは?」

「出るというのは聞いたことがあるんです。漁師がひるこさんを引き上げますしね。つい先日も船がひるこさんを連れて戻ってきたましたけど、若い子が蝶を見た言うてましたねぇ」

 まさに十九日に港でたむろしていた漁師達のことではないだろうか。やはりシジキチョウを見ていたのだ。それを何故秘密にして夜須を邪険に扱ったのだろうか。

「漁師は縁起を担ぐと言われてましてね、ひるこさんを連れて戻ったことも秘密にせんと豊漁が続かん思うんですよ。その割にはちゃんと警察には届けてますけどね」

 神主の言葉には一理ある。それならば、漁師が夜須を追い払ったのも頷けた。

「その若い漁師と今から話はできないですかね」

 シジキチョウを間近で見たのだ、是非話を聞かないでおられるかとばかりにしつこく訊ねたが、神主は首を振る。

「そりゃ無理ですよ。今は漁の最中で帰ってくるがはだいたい十六時くらいになるからねぇ。それでも聞きたいときは夕方頃、お食事処まきちゃんに行けば、たいがい漁師仲間と酒盛りをしていますから、そこで話を聞いたらいいですよ」

 夜須からしてみれば今すぐにでも話を聞きたいところだ。ダメ元で訊ねてみる。

「その人、携帯電話とか持ってないんですか」

 それを聞いた神主が吹き出して笑う。

「おまえさん、沖合の海で携帯電話は繋がらないですよ。それに第一、うちはその人の番号を知らないからねぇ。ただね、シジキチョウや島の言い伝えに詳しい人は他にもいるんですよ。かんべのおばあちゃんがよく覚えてます。志々岐島の生き字引ですよ」

 沖の海で電話が繋がらないことくらい知っている、と内心思いながら、夜須は下出に出た。

「じゃあ、そのかんべのお婆さんと連絡取りたいんですが……お願いできますか」

 もちろん漁師とも話をするが、生き字引とまで言わせるお婆さんのことも気になる。

「ちょっと電話番号書いてきますね」

 神主は足音を立てて廊下を小走りに奥へ行ってしまった。

 御先様やご落胤の首の話が聞けたことより、シジキチョウが血肉をすする珍しい蝶であることが分かっただけでも収穫だった。

 腕時計を見ると、十五時を過ぎていた。あと一時間くらい待てば、帰ってきた漁師達と話ができるだろう。親しくなくても、酒の一杯や二杯奢ってやれば、気分を良くして話してくれるかも知れない。

 夜須は交野に向き直る。

「おまえ、先に帰っていいぞ。夕飯はさっき言ったように外で喰うから」

 しばらく押し黙ってから、交野は頷いた。

「わかった」

 ずっと黙って夜須の後ろに座っていた交野がそっと立ち上がる衣擦れが聞こえる。神主が戻ってくる前に、交野はひたひたと静かに作務所から出て行った。

 交野が帰ったすぐあとに、神主がメモを持って戻ってきた。

「お待たせしました。これ、かんべの電話番号です。それにしても、おまえさん、お名前が夜須と言うんでしたっけ? 面白い符号ですよね。まさか源氏の夜須七郎と同じ名前の人に会うとは、わたしも思ってなかったですからねぇ」

 これに関しては夜須も驚いたし、先祖がこの島の歴史に関与していて、なんとなく優越感を覚えていた。だから、そう言われて笑みが浮かんだ。

「御先様のことで最後質問なんですが」

 話を聞いていて気になったのは、御先様は何故ご落胤が先頭でなく、娘が先頭なのかという点だった。神主はその問いに、苦笑交じりの顔つきになった。

「わたしにも分かりません。これだけは言えるんですけど、志々岐島で御先様を見た人はいないんですよ。もし見たとしても死にますから。死人に口なしです。おまえさんも気をつけとーせ、夜須七郎と同じ名前を持ってますからね、祟られたりしたら大事です」

 神主は冗談めかして言った。

 夜須はこれを最後に帰ろうと思い、訊ねる。

「神主さん、この島には碧の洞窟ツアーがあるんですよね? 碧の洞窟に入ってみたいんですが」

「ありますよ。と言うかあそこしか碧の洞窟まで案内してくれるお店を知らないですねぇ」

「その店に行けば申し込めるんですか」

「ええ、港前のアクアマリンっていうマリンスポーツショップで受け付けてますよ」

「ありがとうございます。お時間取らせてしまって……お話面白かったです」

 夜須は立ち上がると軽く会釈した。メモを受け取ると、神主に見送られて作務所を出た。

 境内の狛犬に寄りかかって、夜須はかんべに電話した。電話口に出たのはおかみさんらしき中年の女性だった。

「あの、志々岐神社の神主さんから、そちらのお婆さんが志々岐島の言い伝えなどに詳しいと聞いたんですが」

「おばあちゃんね。今日は病院に行っちょって夕方の定期船で帰ってくるがよ。そのあとはもうおばあちゃん寝てしまうき、明日でええならお話ししちょくわよ」

 何だ、寝ちまうのか、と心の中で悪態をついたが、考えてみれば夕方からはお食事処に行って漁師に話を聞かねばならなかった。ちょうどいいかと気を取り直した。

「じゃあ、あした伺います。何時がいいですか」

「おばあちゃん、朝早いき、八時くらいがええかしら」

 いくら何でも早すぎると思い、どうせずっと家にいるだろうと勝手に解釈して、相手の言った時間を無視して、「それでは九時に伺います」と答えて電話を切った。

 石段を下りていき港に入ると、発着場近くで明るい青を配色し今風にデザインされた木造の店を見つけた。店のドアは開け放たれていて、内部がよく見えた。ロッジ風の茶色い木板の壁と床、天井から浮き輪がぶら下がり、南国を思わせるハイビスカスの造花が壁に飾られて、カヌーが立てかけられている。

 夜須は今日の一番遅い時間のツアーに参加できたらいいと考えていた。椅子に座り、雑誌を読んでいる三十代くらいの店主が顔を上げて夜須に笑顔を向ける。

「いらっしゃい」

 夜須は店内を物色しつつ店主の前に立つと今日のツアーに申し込みたいと伝えた。

「すいませーん、今日のツアーはもう締め切ってるんですよ。明日の朝、来て下さい。碧の洞窟ツアーの締め切りは朝の十時になります」

 夜須は店を出ると、ブツブツと文句を言いながら港を見渡した。視界の先に何隻もの漁船が和田津港に着港しているのが見えた。あの船にシジキチョウを見たという若者もいると思うと、歩いていくのももどかしくて、小走りにお食事処まきちゃんへ向かった。

 ずいぶん前に港に着いていたのか、漁師達はまばらに集まって話をし、港前に店を営むお食事処まきちゃんに入っていく。

 店ののれんにはお食事処まきちゃんと染めてある。やや色あせて年季を感じさせる。アルミの引き戸は茶色で磨りガラスがはめ込まれているので、中の様子までは分からない。

 ガヤガヤという話し声だけはしっかりと聞こえてくる。ずいぶん客が多いようだ。漁師だけでなく、夜釣りをして帰ってきた釣り客も交じっているのだろう。

 夜須は引き戸を開けて店内の様子を窺った。まだ座れる場所を確認して、店内に身を滑り込ませた。

 すでに酒を飲んで出来上がっている客もいる。店内には料理や魚の匂いが満ちている。釣り客は金を払って大物をさばいてもらい、刺身にして喰っているし、定食を頼んでボリュームのあるおかずと山盛りの飯をがっついている客もいる。

 もちろん夜須の目当ての見覚えのある漁師達もいた。自分たちが座る定位置があるのだろう。三、四人がそこを陣取ってビールを飲んでいるのが目に入った。

「らっさい!」

 店の親父の声が店内に響く。観光客が多いこの島はよそ者に慣れているせいか、見知らぬ顔が入ってきても誰も気にしない。夜須は迷わず、漁師達の陣取っている席に向かった。

「ちょっといいですか」

#創作大賞2025   #ホラー小説部門

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