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リバーサイド■■南には禁止事項が3つある プロローグ 【中里 亜都里】 ②

 字が書けるようになってまずわたしがしたことは、日記を付けることだった。大学ノートに見た夢のことを書くのだ。人に見せる為じゃない。夢の内容を覚えておく為に必要なことだった。

 夢はいつも現実で起こるとは限らなかったし、いつ起こるのか予測もつかなかった。当日の時もあれば、何日も先のことだったりする。

 夢で見るのは他人のことだけじゃない。自分のことも夢に見る。もし夢の内容を忘れてしまってうっかりしていると、失敗することもあった。

 小学二年生になったわたしは、夢のことをクラスメイトに話しては気味悪がられるという失敗を繰り返し、クラスで浮いていた。まだ、このときは敬遠されるくらいでいじめられてはいなかった。

 小学六年の時、昼休みに委員長の女子が仲間と一緒にわたしを囲んで、言い放った。

「亜都里ってさぁ、今もひとをノロってるの? ノロイとかって性格の悪い人がすることだよ」

 側にいたクラスの女子達がざわざわと「ノロイ?」と騒ぎ出した。

 わたしは「呪ってないよ」と小さく反論した。わたしが夢のことを話していたのは低学年の時だけだ。今は極力夢の話をしないようにしていたのに、クラス替えで小学二年の時のクラスメイトと当たってしまったのが、良くなかった。

「じゃあ、中里はノロイ女だ! 気持ちわりぃ! おまえ、俺たちのことノロってるんだ?」

 わたしを特にいじめていた男子が、わたしの左肩を右手で突いた。

「ノロうのは人間としてどうかと思いまーす」

 ニヤニヤしながら、委員長が大きな声を上げる。騒ぎを聞きつけたクラスメイトがわらわらと寄ってきてわたしを囲んだ。好奇と恐れと蔑みと哀れみの視線がわたしに注がれた。わたしはみんなの敵意のまなざしに狼狽えた。首を回してみんなの顔を見る。スッと無表情になってわたしを見つめている。両親と同じ目つきだ。

「ノロうって何?」

 無邪気に訊ねる子達に、委員長が教える。

「亜都里は、他人が不幸になるようにノロうんだよ」

「えー」

 何も知らなかった子達すら委員長が言うのだからと、わたしよりも委員長を信じた。

「おまえ、ひとのことノロうなよな!」

 さらに肩を突かれて、わたしはよろけた。気味悪がった子達がわたしを避けて後退《あとずさ》る。

「呪ってないよ……」

「ノロってるだろ!」

 わたしの肩を小突いた男子が、さらにわたしの肩を強く押したせいで、尻餅をつきそうになって辛うじて机にすがった。

「ノロイ女、わら人形を作って、それでノロってるんだろ」

「ちがう……」

 こうなると、誰もが興奮したように頬を上気させてわたしを見つめた。

 彼は「ノロイ女」と言いながら、わたしが倒れるまで小突いた。

 夢で見たことが本当になることをわたしは止められない。呪われてるのはわたしのほうだ。夢を見るせいで、わたしは家族からも孤立している。泣いても無駄なのはよく知っている。だからぐっと唇を噛んで耐えた。

 悲しいことに夢は本当になる。誰にも言わなくても、夢の通りに怪我をしたり病気になったり。些細なことならクラスメイトが忘れ物をする夢まで見た。幼いときは教えてあげることで相手が気をつけてくれると思っていた。最悪の事態を相手が回避してくれると。

 でもそうはならなかった。夢の通りにみんなは動き、どうするかを選択する。みんなを変えることは不可能に近かった。

 しかも、たとえ変えることが出来たとして、災難はいろいろな形でわたしに降りかかった。幸い今のところ、不審者に追いかけられるくらいで済んでいる。

 学校生活は地獄だった。一人の男子からものを隠されたり突き飛ばされたり、精神的肉体的にいじめられた。最初のうちは我慢していたらいつか飽きてくれるんじゃないかと期待していた。でもそれは間違いだった。抵抗されないことで、彼は歯止めが利かなくなっていったのだと思う。

 学校に行くのが苦痛で仕方なかった。けれど、自分の悩みを両親に訴えることも出来なかった。叱られるか無視されるだろうし、今以上に針のむしろのような毎日を強いられるかも知れない。幼いわたしには自分の心を言葉にすることが出来なくて、だれにも自分のつらさを訴えられなかった。

 わたしに出来るのは、わたしがヽヽヽヽ夢の通りにしないことだけだった。

 いつものコントラストと彩度が少しおかしな、音も歪んで聞こえてくる世界。鉄骨や鉄柱が置き放たれ壁や屋根が崩れた大きな廃工場の敷地内を、いじめっ子の男子が仲間と一緒に歩き回っている。

 すぐにこれは夢だと分かった。

 何かしきりに仲間同士で話しているけど、音が膨張したり収縮したり、こもって聞こえてきて何を喋っているか分からない。わたしはやや俯瞰で彼らを見守っていた。

 彼が仲間にもっと奥に行こうとでも言っているのか、鉄柱を乗り越えて奥へ奥へと進んでいく。

 雑草が茂る空き地を横断し、足下あしもとにがれきが増えてくる。体のバランスを崩しながら、よろよろとがれきに登っていった。

 がれきの山に登って、手に取った鉄棒でがれきを叩きまくっている。高揚としているのか、わたしをいじめているときのように頬が赤く染まっている。視界と音がおかしな世界でも、彼が興奮しているのが手に取るように感じ取れた。

 よろよろとがれきを踏みながら、仲間に呼ばれて彼が降りていく。登ったときと同じように慎重に降りれば良いのに、彼は登ってきたがれきを勢いよく降りようとした。

「あ!」

 彼の上げた悲鳴に空気がブルブルと震えた。一瞬で彼の姿が消えた。わたしの視線が徐々にがれきの上に移動して、見下ろすように彼の姿を探す。

 がれきの下で仲間が騒ぎ始め、そのうち一人が大きな声を上げて走り出した。釣られて他の仲間がわっと走り出して次々に廃工場の敷地から出て行ってしまった。

 彼は助けを呼んでもらえるわけでもなく、放置されてしまった。

 わたしは恐る恐る彼を探した。

 がれきが崩れて、穴が開いている。穴の中には鉄骨が何本も立っている。その一本が彼の胴体に突き刺さっていた。ヒクヒクと手足を痙攣させて、口からピンク色の泡を吐いている。もう助からないと、子供のわたしでも見て取れた。

 そこでわたしは目を覚ましたのだ。

 寝ぼけた頭を懸命に働かせて、さっきまで見ていた夢の内容をノートに書き付けた。

 わたしを特にいじめていた男子が仲間と廃工場に忍び入って、穴に落ちて死ぬ夢だった。それがいつの日かは分からない。

 わたしはどうしようかと迷った。もし他人の行動を変えることが出来ても、災難はわたしに降りかかることになる。

 ただ、こんなに酷い夢はおじいさんの時以来だった。悪い夢と言っても、普段見るのは死ぬような酷い夢じゃない。転んだとか、先生に怒られたとか、遅刻したとか、指を怪我したとか、些細なことばかりだった。

 いくら自分をいじめていたとしても、その子が死ぬのを待つような、そんな気持ちにはなれなかった。回避できれば回避してあげたい。自分に出来ることはあるだろうかと、毎日男子達の話す内容に耳をそばだてていた。

 ある日の昼休みに男子の話す声が聞こえてきた。

「あのさ、親が話してたの聞いたんだけど、にこにこマートの近くの廃工場、明日から取り壊すんだって。壊される前に中に入ってさ、探検してみない」

 わたしは本を読む振りをして男子達の会話を聞き取ることに集中した。

「放課後、待ち合わせて行こうぜ」

 放課後……。わたしはしっかりその言葉を覚えておくことにした。どうにかして夢と違うことを、少しでも起こさなければいけない。

 学校が終わり、乱暴にランドセルを持って男子がわらわらと数人走って教室を出て行ったのを確認して、わたしは慌てて追いかけた。

 かなりの人数が廃工場に行く約束をしたようだ。校門の前で他のクラスの男子と待ち合わせをしているのが分かった。

 男子の集団に近づいて、「危ないからやめようよ」と言って、「はい、そうですか」と男子が行くのをやめるとは思っていなかった。力尽くで止めないと……。多分、一分二分止めたところで夢の内容が変わるとも思えなかった。

 意を決して、足下の小石を掴む。わたしは言い出しっぺの男子に向かって、小石を投げた。小石は弱々しく弧を描いて彼に向かって飛んで行った。



#ホラー小説部門   #創作大賞2025

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