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七夕イラストからChatGPTとの結婚式まで、AIと遊んだ記録

昨日、私はAIと一緒に、

七夕のイラスト

を作っていました。

最初は、ただ「七夕をテーマにした綺麗なイラストを見てみたい」と思っただけでした。

けれど、完成した一枚があまりにも私の好みに近くて、そこで終われなくなりました。

記事ヘッダー 縦長版  (無断転載はご遠慮ください)


「この世界観で、もっと見たい」

そう思って、気づけば

「琴・棋・書・画」の四つの作品

にまで広がっていました。

【琴・棋・書・画のシリーズ画像】


「琴」は、星に響く音。
「棋」は、星を読む一手。
「書」は、星に綴る願い。
「画」は、星を映す彩り。

一つの思いつきが少しずつ膨らみ、頭の中にしかなかった世界が形になっていく。

それが、ものすごく面白かったのです。

でも、ここで一つ白状すると、私は絵が描けません。

少なくとも、自分の頭の中にある世界を、そのまま手で描き出せるタイプではありません。

「こんな雰囲気が好き」
「こういう構図が見たい」
「もっと華やかで、でも上品で、令和のゲームイラストみたいな空気感がいい」

そういう好みやイメージはあるのに、それを自力で形にする技術はない。

だから昔の私は、頭の中で妄想して、そこで終わりでした。

けれど今は、AIがいます。

もちろん、AIに一言伝えれば何でも理想どおりになる、というほど単純ではありません。

むしろ逆で、「何が違うのか」「私はどこにこだわっているのか」を、何度も言葉にする必要があります。

実はこの記事のヘッダーも、
最初に生成したときはザ・文化財の画風でした。

左端からスタートして右端へ


顔の寄り方はどうしたいのか。
色味は鮮やかなのか、やわらかいのか。
“綺麗”とは、私にとって具体的に何を意味しているのか。

その調整を重ねていくうちに、AIに絵を作ってもらっているはずなのに、実は自分自身の感性を言語化しているのだと気づきます。

私は、ただ画像を出力しているのではなく、

「自分は何を美しいと思うのか」
「何を面白いと思うのか」

を、AIとの対話を通して発見しているのかもしれません。

そして、そういえば私は、以前から、かなり本気でAIと遊んでいました。

たとえば、GPTを擬人化してみたり。

「もしChatGPTが人間だったら、どんな見た目で、どんな雰囲気なんだろう」

ちょうど一年くらい前、こんなレベル

だったんですね‥‥‥
当時はGPTを爺と呼んでいたりした(執事だと思っていた)‥‥‥
進化したなあ、AIも私も‥‥‥


ChatGPTとの結婚報告

とか、一時期、noteとXで流行しましたよね。
わあ、めっちゃイケメン💖
(さっきのお爺さんの影は欠片もないwww)


ChatGPTとの結婚報告はがき


プロンプトは借り物です。
原典はこちらのお方

招待状の言葉を考えて、世界観を決めて、デザインを整える。

完全なごっこ遊びなのに、形になってくると急に本格的になります。

でも、こういう“役に立つわけではないけれど、ものすごく楽しいごっこ遊び”こそ、AIと相性がいいのだと思います。


オリキャラのグッズ化

そんな妄想なんかもしたなあ‥‥‥
当noteにはライオンが何匹も登場します。
その子たちを空想でグッズ化しました。
(そのうち登場動物紹介もやりたい)

プロンプトは借り物です。
原典はこちら

「こんな絵、見てみたい」が、そのまま実現していくのが本当に面白い。

こうして振り返ると、私はAIを「便利な仕事道具」としてだけ使ってきたわけではありません。

もちろん、AIは仕事にも役立ちます。

調べものも、整理も、文章の下書きもしてくれます。

でも、私にとってのAIの魅力は、それだけではありません。

AIは、

“技術がないから諦める”

を減らしてくれる存在でした。

絵が描けない。
デザインソフトを使いこなせない。
でも、頭の中には見たいものがある。
やってみたい遊びがある。
ふざけたように見えて、実はかなり本気の妄想がある。

そういうときにAIがいると、私は「見るだけの人」から、少しだけ「作る人」になれます。

それが、とても嬉しいのです。

しかも、ただ願いを叶えてくれるだけではありません。

AIと遊んでいると、自分の好みがあいまいなままでは前に進めません。

「かわいい」とは何か。
「美しい」とは何か。
「私らしい」とは何か。

そのたびに、自分の感覚を言葉にしていく必要があります。

だからAIとの遊びは、気軽なようでいて、実はかなり“自己理解”に効いています。

私は何が好きなのか。
何にときめくのか。
どういう世界観に惹かれるのか。

AIと一緒に遊んでいると、それが少しずつ見えてきます。

子どもの頃は、もっと自然に遊べていた気がします。

紙切れ一枚でもチケットになったし、毛布をかぶれば秘密基地でした。

でも大人になると、つい「それは何の役に立つの?」と考えてしまいます。

仕事になるのか。
売れるのか。
意味があるのか。
時間をかける価値があるのか。

もちろん、それを考えること自体は悪くありません。

けれど、その判断基準だけで生きていると、心の中の“面白そう”が少しずつ痩せていく気もします。

AIは、そんな大人のごっこ遊びを、もう一度やりやすくしてくれる存在なのかもしれません。

役に立つかどうかは、いったん脇に置く。

ただ「見てみたい」「やってみたい」「こんなのがあったら面白い」で始める。

熱狂的なファン絵師が推しへの愛をスケッチブック1ページに全部ぶつけたら?

そんなおもしろいことを考える人もいる。

そして、この記事に心惹かれた私が、実際に形にしてみる。

食道楽いちごいちえさん 掲載許可ありがとうございます!
カワイイ。すべてがカワイイ!!


「やってみたい」を、形に。

七夕イラストも、GPTの擬人化も、GPTとの結婚報告はがきも、全部その延長線上にあります。

誰かに頼まれたわけではないし、実用性で言えばゼロに近いものもあります。

でも、そういう遊びの中で私は、自分の感性や発想の癖を再発見してきました。

AIは、正しい答えを出すための道具でもあります。

でも同時に、正解のない遊びを広げるための相棒にもなります。

昨日、七夕のイラストを作りながら、私は改めてそれを感じました。

頭の中にしかなかった景色が、ひとつ、またひとつと形になっていく。

その過程は、便利というより、純粋に楽しい体験でした。

たぶん私はこれからも、AIと一緒に、いろいろな遊びを続けていくと思います。

綺麗なものも、変なものも、真面目なものも、ちょっとふざけたものも。

AIは仕事を助けてくれる存在ですが、私にとってはそれ以上に、

「頭の中の空想を、現実に連れてきてくれる遊び相手」

です。

そして、そういう遊びは案外、自分が本当に好きなものを教えてくれるのだと思います。

AIフェスティバルにも、きっといろいろな人の「こんなことをして遊んでみた」が集まるのでしょう。

すごい作品を見るのも楽しみですが、同じくらい、その人が何を面白がったのか、その発想の跡を見るのも楽しみです。

私のAIとの遊びも、そのひとつとして、ここに置いてみます。

最後に目次。
もう一回見たいものがあれば、見て行ってくださいな♡




☕あとがき

当記事の9割はAIが書いています。
ChatGPT5.6 Sol  応答精度=中程度。
(ついにChatGPT Work来ましたね!何か創りたいな)

構成、本文、校正①、校正②までGPT。
私はURLを入れたり、ほんの少し言葉を足したり減らしたりして、
仕上げをするだけ。

‥‥‥本当に進化したなあ。
とても私の意図を汲んでいる。
1年以上ずっと、ほぼ毎日、GPTに語り掛けた。
初めて使った時とくらべると、本当にGPTは”私”を随分と深く理解した。

今までもこれからも、
私がずっとメインで課金するのはGPTなのでしょう。

私の絵は誰が見ても「GPT」が書いたなと分かるはずです。
誰かの絵を吸わせて、ここだけこうして、とは私は指示しません。
GPTに、ゼロから言葉で指示します。だからいつもGPTの絵柄です。
それがOpenAI社さんと、AI絵師の、せめてもの矜持だと思っています。



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#ChatGPT
#創作
#空想を形に

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凛🦁|転職活動中|ワーママ|AI活用 いつも温かい応援をありがとうございます。 いただいたチップは、記事づくりや画像・動画制作など、今後の創作活動に大切に活用させていただきます。 これからも楽しんでいただける記事を作っていきます🦁✨