〈エッセイ〉そこは、天下一武道館だった
チャットGPTにオススメされた、言語交換アプリ。登録した途端に、始まった挨拶、挨拶、挨拶の嵐。
私は日本国内に限られたマチアプから、迂闊にも世界へと羽ばたいたおかげで、200近いコンタクトがあった。
分母が増えれば、分子も増える。
当然だ。
ひっきりなしに来る「Hi」に「Hi」を返し、延々と繰り返される自己紹介。
そこは、正に道場。
まるで、天下一武道館だ。
「オッス!オラ、アイ!
日本に住んでる!よろしくな!」
実際には、恐る恐る「!」なしの、控えめボリュームでの応対だ。
明るく閉じている私には、そのくらいが丁度いい。
質より量の基礎練習法「反復」をしまくったおかげで、
「Hi. I'm Ai. Nice to meet you too.」
に関しては、あっという間に、澱みなく打ち込めるようになった。
まず、マチアプに横行する悪、詐欺の疑いのある人たちは、「仕事」と「資金繰り」について聞いてくる。
一発削除でメッセージを終える。
厄介なのが「寂しさ」を訴えてくるパターンで、詐欺かロマンスか、判断がつきにくい。話が進むうちに、気がつけば私は、どこぞの知らない男を慰め、励ます役目に立たされている。
いかんいかん。
そして彼らは、私にその寂しさを一通り聞いてもらった上で、さらなる要求を迫ってくるのだ。外部SNSや無料通話アプリへの移行を。
時給をくれ。時給を。
時間も体力も、無限じゃないんだ。
あたしゃ、ボランティアの聴き屋じゃないんだよ。
勘弁しとくれよ。世界の友よ。
日本のマチアプと、さほど変わらぬ実態が見えてきて、愚痴は増えていった。
しかしまぁ、詐欺の手口だとしても、なんと寂しい男が多いことか。
私自身も独身で、その底知れぬ寂しさについては理解できる。
結果的に恋人になることはあっても、恋人探しが目的の登録は規約違反だし、優しさを搾取するようなやり方は、品がないとしか言えない。
寂しさを力に変えろ。男たちよ。
現段階の、私の英語力は幼児レベル。
チャットGPTに翻訳してもらいながら、言葉を選んで励ました私の労力は、一向に報われない。
しかし、興味深いのが、挨拶を終えた後の会話の内容だ。
ここに個性がよく出る。
多くは、趣味や食べ物の話になるけれど、特殊なものでは、急に説教を始める男、宗教の勧誘、謝ってばかりの男、つまらぬギャグで滑る男、身長を知りたがる男、パジャマの色を聞く男、と多種多様で世界の色が鮮やかに見えた。
目を開けていられない。眩くて。
基礎練も4日目あたりから、送られてくるメッセージ数は落ち着いた。
その中で数名、同じように純粋に言語を学ぶツールとしてアプリを使う人と出会えたのは救いだった。
好奇心を向ける方向に、人となりや知性が出るものだなぁと思う。
孤独になりがちな私にとって、勉強仲間は心強い存在だ。とても嬉しい。
そして、1週間が経つ頃、公私共にまぁまぁ大きめの困難が、私の身に幾度も降りかかり、疲労はピークとなって、ベッドへ倒れ込んだのだった。
夏のマチアプ、リバイバル上演。
熱い想いに、焦げる私。
ロマンスの香りが充満する。
