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できる人より、驚ける人でいたい。プロの仕事を目撃した日

その瞬間、僕は「仕事」というものを見た気がした。

それは十数年前、都内の小さな制作会社の片隅でのことだった。僕はWebサイトのラフ(のようなもの)を描いた。といっても、裏紙に鉛筆で殴り書きした、カンプとも呼べないただの「こんな感じスケッチ」である。それを、担当デザイナーさんに渡した。

「これ、こんな雰囲気でWebにできますかね?」

僕のぶしつけな問いに、彼は「了解です」と短く答えると、やおらマウスを握りしめた。

次の瞬間、モニターの中で「スライスツール」と呼ばれるカッターのようなアイコンが、吸い付くように画面を切り刻んでいく。シュシュッ、という微かなドラッグ音と、リズムを刻む打鍵音。数分後、彼は事も無げに言った。

「はい、入りました。ブラウザで確認してください」

見れば、さっきまで僕の机の上で死にかけていた鉛筆書きのアイディアが、整然としたウェブページの一部として、命を吹き込まれているではないか。

「え、今なにが起きた?」

僕は固まった。あの時感じたのは、驚きだけではなかった。知っている人と、知らない人の間にある、埋めようのない深い溝。それを、一瞬の鮮やかな手並みで静かに見せつけられた、あの感覚。

あの日、僕の頭はガツンとやられたのである。


当時の僕は、デザインの「デ」の字も知らないくせに、知った気になっている「にわかPhotoshop勢」だった。少しばかりの知識をかじっては、さも「すべてを理解しています」という顔をして歩いていた。なんとなくプロっぽく聞こえる単語を会話の端々に散りばめては、悦に浸っていたのだった。

でも、デザイナーさんがやって見せたのは、言葉じゃなかった。仕事だった。

道具を体の一部のように扱い、考えるより先に手が動き、目の前の問題をただ、静かに解決する。それが「仕事ができる」ということの本当の意味なのだと、その日初めて理解した。僕が持っていたのは、仕事の「語彙」だけだった。

今思い出しても、耳の裏が熱くなるほど恥ずかしい。井戸の中で「俺は結構いける口だ」と思っていた井の中の蛙が大海を知った日。僕の薄っぺらな自信が、音を立てて崩れ去った瞬間だった。

僕は静かに敗北を認めた。自分が立っていたのは、深い沼のほんの入り口、しかも膝下までしか浸かっていない場所だったのだ。

けれど、その敗北感の裏側で、妙にワクワクしている自分もいた。「すごい」で終わらせたくない。この道具を自在に操れるようになれば、僕の見ている世界はもっと広がるのではないか。

あの時の衝撃がなければ、僕は今も、あのお高いソフトを宝の持ち腐れにしたまま、便利そうな単語を並べるだけの人間で終わっていたに違いない。

仕事が受け渡されるイラスト
仕事とは誰かから誰かに受け渡されていくもの

それから十数年が経った。
今やPhotoshopは僕の仕事に欠かせない、右腕のような存在になった。ペンツールでパスを引き、レイヤーマスクをこねくり回し、バッチ処理で大量の画像を捌く。

そういえば、数年前に似たような場面があった。
取引先の若い担当者が、大量の商品画像の切り抜き作業に悩んでいた。「これ、一枚ずつやるしかないですよね?」と聞いてきた彼に、僕は黙って「ちょっと貸して」とキーボードを借りた。バッチ処理のアクションを組んで、数百枚の画像を一括で処理して見せた。彼はしばらく画面を見つめたまま、声を出すのを忘れていた。

「え、今なにが起きたんですか?」

彼が言った言葉を聞いた瞬間、背筋がざわっとした。

あの日、僕がデザイナーさんに向かって心の中で叫んだのと、まったく同じ言葉だったから。僕はあの時のデザイナーさんになんてまだまだなれていない。でもあの日の衝撃を、誰かに少しだけ渡せた気がした。仕事というのは、そうやって受け渡されていくものなのかもしれない。

それでも、だ。
いまだに人から「使えるんですか?」と聞かれると、僕は少し言葉を濁して「まあ、勉強中ですよ」と答えてしまう。これは謙遜でもなければ、責任逃れでもない。ましてや、イヤ味でもない。本心からそう思うのだ。

自分が「できる」と思い込んだ瞬間に、僕の視界は自分の井戸の蓋の裏側だけで止まってしまう。あの日の僕のように、知っている言葉を並べるだけで、本当の仕事を見ようとしなくなる。

「まだ何もわかっていない」という、少し心地よい緊張感の中にいる時こそ、僕は目を開けていられる。「勉強中」という言葉は、かつての僕には「未熟さの証明」だった。

でも今は違う。それは、仕事を仕事として真剣に向き合い続けるための、有効期限なしの招待状だと思っている。

アップデートされる世界に、目を丸くして「へぇー!」と驚ける人でいたい。その驚きこそが、僕を仕事へと向かわせる、一番の燃料になっているのだから。


どんな仕事にも、「知っている」と「できる」の間には、深くて静かな川が流れている。あのデザイナーさんはその川を、僕に見せてくれた人だった。言葉ひとつなく、ただマウスを走らせることで。

完璧な「できる人」になりたいとは、もう思わない。それより、あの日の僕みたいに、誰かの仕事を見て「今、何が起きた?」と目を丸くできる人間でいたい。その驚きが、僕を仕事へと向かわせる、一番の燃料になっているのだから。

仕事とは、驚き続けることだと思う。
だから今夜も、マウスを握る。

あの日のデザイナーさんのように——。
まだまだ程遠いとしても。

 
 
相生エッセイ
 
 


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