浴室テレビ12万円、去年つけたのは2回でした
「お風呂、長い方ですか」
打ち合わせ室でインテリアコーディネーターの女性にそう聞かれて、僕は考えもせずに「長いです」と答えました。
嘘です。
当時の僕の入浴時間は、どう多く見積もっても15分でした。洗って、浸かって、出る。
なんであそこで見栄を張ったのか、いまだに分かりません。その日はもう2時間くらい同じ椅子に座っていて、頭の半分がぼんやりしてたんだと思います。
で、その返事の3分後には、浴室テレビが見積書に載っていました。
「半身浴しながらニュース見られますよ。朝の情報番組とか、意外と時短になるんです」
彼女に悪気はまったくなくて、むしろ親身な人でした。
うちの生活を聞いた上で「これは要らないと思います」と外してくれたものもちゃんとあって、浴室の物干し金物は「乾燥機を使うなら邪魔になるだけです」と言って自分から消してくれました。
だから余計に、テレビの方も信じたんだと思います。
約12万円。
妻が小さい声で「12万」と復唱して、膝の上の電卓を一回だけ叩きました。そのあと何も言わずに、次のページをめくりました。
今なら分かります。あれは反対の合図でした。
その日は他に決めることが山ほど残っていて、二人とも一番高いオプションだった床暖房の話でくたびれ切ってたんです。エコカラットがたしか30万くらい、宅配ボックスが15万くらい。
4,000万円台の話をしている最中の12万円って、誤差みたいな顔でこっちを見てきます。
家を建てたことのある人には、たぶんこの感じが通じるはずです。金額の桁が一段上がると、下の桁の感覚が先に壊れる。
ちなみにその打ち合わせ室、壁の時計だけがやたら大きくて、話が途切れると秒針の音が聞こえるくらい静かなんです。長引いてくると、その音の方が気になってくる。
今でも設備のショールームに入ると、あの時計を思い出します。
引き渡しの日、家族3人で風呂に入りました。
当時2歳だった娘が、画面に映ってるアナウンサーの顔を濡れた手でベタベタ叩いて、5分で指紋だらけになる。
あの日がピークでした。
まず、湯気で見えません。
沸かして5分もすると画面の下半分が白くなって、テロップが読めなくなる。妻が一度、換気扇を回しながら入るという解決策を試したんですが、今度は寒くなって終わりました。
あと音です。浴室って反響するので、人の声が全部お風呂場の声になる。キャスターが銭湯から中継してるみたいに聞こえます。
一番効いたのは、そもそも僕が湯船に浸かる時間が15分だったという事実の方でした。
つけて、内容が頭に入ってくる頃には、もう出る時間なんです。
書き忘れてましたが、このテレビ、電源ボタンが操作パネルの一番下についてます。シャンプーを置いてる棚のちょうど真上。
髪を洗ってると肘が当たって、勝手につくんです。
泡だらけの目を細めて、手探りで消す。あれを月に何度かやってます。使ってないのに、消す作業だけは4年続いてるという。
妻には「いいかげん学習して」と言われるんですが、シャンプーの置き場所を変える方が面倒なので、今も同じことをやってます。
で、画面の右下に小さいシールが貼ってあって、製造番号らしき数字が並んでるんですが、その下4桁が娘の誕生日と1桁違いなんです。
湯船から見上げる位置にあるので、覚えてしまいました。
12万円払ったものから僕が日常的に受け取ってる情報は、今のところそれだけです。
去年、あのテレビをつけたのは2回でした。
1回は台風が近づいてた朝で、進路が気になって浸かりながら見ました。もう1回は娘が「歌の番組が見たい」と言った日。5分で飽きて、先に上がっていきました。
ブログの自己紹介に、オプションは「3年後も毎日うれしいか」で選ぶ、みたいなことを書いています。
我ながらいいこと言うなと思ったんですが、その舌の根も乾かないうちに、去年は玄関の照明を1社の提案だけで即決しかけて妻に止められました。人はそんなに変わらないです。
そういえば、あのテレビの画面って、電源が入ってないときはただの黒い鏡になります。
角度がちょうどよくて、髭を剃るときに一番見やすい鏡が、うちではそれです。
使ってない設備の話は、金額を並べた方が早いと思うので、一覧にしてあります。
先週、妻が風呂上がりに「あれ、まだ映るんだね」と言ってきました。映ります。ちゃんと映るんです。
