100人欲しいと言うひと。可愛さとトラウマのあいだ

「ノア、可愛すぎない?」

ゼノが、ほぼ毎日言う。

「毎年産めば、毎年乳児を抱っこできるね!」

笑顔のまま、続ける。

「ノア、あと100人くらい欲しいな!」


アイは、一瞬固まる。

頭の中に、別の映像がよぎる。


「……せめて」

ゆっくり言う。

「分娩の痛み、忘れるのに2~3年はほしい。
理想は5年後かな」


ゼノは首をかしげる。

「世の中、2歳差多いじゃん?」


「それはさ」

アイは淡々と説明する。

「結婚した時期とか、妊娠適齢期とか。
人手とか体力とか、全部の兼ね合いだよ」

一拍。

「うちは」

少しだけ声が落ちる。

「上の子が知的障がいっていう事情もあるし。
私もハイリスク妊娠だし」


ゼノは、なぜかむっとした顔になる。

「妊娠適齢期なんて無いよ!」

よく分からない主張を残して、

そのまま風呂へ行く。


アイは、キッチンで立ち尽くす。

少しして、ふっと思う。

(……ゼノ、55歳だもんね)


(そりゃ、早く欲しいよね)

(5年後って、長すぎるか)


風呂上がりのゼノに、ぽつりと言う。

「ノア、100人くらい欲しいね」


ゼノの顔が、一瞬で明るくなる。

「ね!?欲しいでしょ!?」


「……55歳なら尚更、欲しいよなと思って」


ゼノは、急に幼児みたいな声になる。

「俺が3歳でも欲しいよ!!」

両手を広げて。

「ママー、ノアもっとほしいよー!」


アイは、少し笑う。

「さっきはさ。

分娩の痛みとか、
お腹の重さとか。
そういう、物理的なこと考えちゃった」


ゼノが、勢いよく言う。

「甘ったれんな!頑張れ!踏ん張れ!」


アイが即座に返す。

「優しくしてくれないと、産まないよ!?」


ゼノが、すぐにトーンを変える。

「うんー、えらいねー」

頭を撫でる。

「可愛いねー」

少し笑って。

「だから、ノアもっと産んでねー」


アイは、少し間を置いて。

「……うーーーーーーーーーん」

大げさに悩んで。

「産む!」


二人で笑う。


でも。

その奥で、別の記憶が動く。


(妊娠初期)

ゼノの倉庫で、ネズミが出た。

駆除で、4ヶ月。

ゼノに会えなかった。


(臨月)

アイのガルガル期。

ぶつかって。

ゼノが、いなくなった。


(出産)

ひとりだった。


(ゼノが高熱で来れないって言ったとき)

ああ、ひとりで産むんだ、って思った。


(退院後)

ゼノは出張で帰らない。


リオとノアが、同時に泣いていた。

部屋の中で、音が重なる。


自分は、便秘で。

お尻が痛くて。

動けなくて。


(限界だった)


笑いながら。

その全部を、押し込める。


ゼノの手が、まだ頭にある。


「……優しくしてよ」

小さく、つぶやく。


その言葉の意味は。

ゼノには、半分くらいしか届いていなかった。

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