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荷を降ろす前に

エンジンを切る。

音が消えても、座席のばねはまだ脈を打っている。三日分の振動が、腰の下で行き場をなくして渦になる。膝、踵、掌。血が末端で速度を覚えていて、止まったことをまだ信じない。右の爪先が、ありもしないペダルをかすかに踏み直す。指がハンドルの輪を握ったまま、握る対象を失って空をつかむ。網膜の裏では、まだ白線が後ろへ流れつづけている。

フロントガラスの先は、出発前と同じ白線だ。何も運ばれていない景色。荷台のものは、まだ荷台にある。

ダッシュに、赤い帽子。

汗の塩が庇のふちに白く結晶して、布の繊維が標本のように固い。三日、陽を遮りつづけた布。目深に被れば、額の上半分が日陰に沈む。それだけの道具だ。掌がハンドルを離れ、帽子をいちど撫でて、それからドアレバーへ伸びる。指の関節が、まだ細かく痙攣している。腱が、走行の角度を手放せずにいる。

膝の上で、画面が点く。

数字。知らない数字。着信の桁が、ひとつ、またひとつ、上から積まれていく。誰の番号でもない。三日前に置いてきたはずの場所から、桁だけが体より先に着いて、待っている。なぜ鳴るのか、運転席のなかの体は知らない。画面の光が、頬の下の骨にあたって青い。網膜がその青を一度だけ受け取って、すぐ逸らす。指は触れない。光は、触れなくても積もる。

膝の上で、また桁がひとつ増える。心膜のあたりの圧が、わずかに上がる。理由は、ここからは見えない。

レバーを引く。

ドアが、籠もった熱を吐く。三日分の体温と、エンジンの余熱と、布の匂い。外気が首筋に触れて、汗が一秒で冷える。皮膚の表面だけが冷えて、内側の三日はまだ熱い。アスファルトの照り返しが、靴の底から脛の骨へ昇ってくる。静脈が、立ち上がる姿勢にまだ追いつかない。血が足の裏へ落ちて、視界の縁が一度、白く沈む。

荷降ろし場の段差。そこへ、片足を下ろしかける。

下に、誰かがいる。

顔は見ない。見えるのは、こちらへ向けられた手だ。掌が数台、横に並んで、四角い光をこちらへ立てている。光の面が、段の下から運転席を見上げている。その光のひとつが、赤を捉える。帽子の赤。庇の赤い一点。三日かけて運んできた体ではなく、布の色が、先に何かと結びつく。これがそうだ、と。

陽から隠れるための布が、いま、知らない目の数だけ、これがそうだと指し示す布になっている。隠れるための赤が、見つけられるための赤に裏返る。掌のなかの光は増えつづけて、どれも同じ赤を探している。

足が、止まる。

段の上、宙のなかば。踵はまだステップの鉄にあり、爪先は荷降ろし場の高さを探したまま降りない。膝の角度が固まる。腿の筋が、降りるという動作の途中で標本になる。降りようとした体と、降りるのをやめた体が、一本の足の高さでせめぎ合って、どちらも勝たない。軟骨が、その重さを受けて鈍く鳴る。

掌が、もう一度、帽子へ。

撫でるのでも、脱ぐのでもなく、ただ赤い布のふちに指をかけて、止まる。隠すものと晒すものの、ちょうど境目を、指が押さえている。指を離せば見つかり、被り直しても見つかる。どちらの手も、もう布を元の用には戻せない。

荷台のものは、まだ降ろされていない。

背後で、エンジンが冷えて鳴る。金属が縮む、ちいさな一音。走り終えた鉄が、それでもまだ熱を抱えて、ここに在ることを、一音だけ知らせる。爪先は、まだ降りない。次の一音が来るまでの、その間に、体だけが、たしかにここに着いている。

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