【淫らな妄想】 本屋での再会 2
あれから一週間。
私の脳裏には、あの雨の日の喫茶店の記憶が、まるで昨日のことのように鮮明に焼き付いています。
あのおじさまの穏やかな声。 本の話をしている時の、少年のように楽しげな表情。
そして、別れ際に交わした「また会えますよね」という約束。
コミュ障で、人と関わるのが苦手な私には、これまでの人生で一度もなかったような、甘い高揚感が胸の奥でずっとくすぶっていたんです。
そんなある夜、私は何かに引き寄せられるように、いつものバーの扉を開けました。
カウンターの隅に座り、お酒を一口含んだ時です。
「……あれ? こんばんは」
背後から聞こえた、聞き覚えのある落ち着いた声。
鼓動が大きく跳ねました。
振り向くと、そこには雨の日に出会った、あのすてきなおじさまが立っていました。
「……っ、こんばんは……」
もしかしたら会えるかな? とは思っていましたが、びっくりです。
彼は少し照れくさそうに笑い、私の隣に腰を下ろしました。
「また会えましたね。あの後、名前をちゃんと聞いていなかったなと思って」
彼に名前を聞かれ、私は少し赤くなりながら「あいかわりつ、です」と答えます。
「りつさん、いい名前ですね。僕はタカヒロ。タカヒロって呼んでください」
タカヒロさん。
口の中でその名前を繰り返すと、不思議と胸が熱くなります。
私たちは、すぐさま本の話で盛り上がります。
あの日の続きのように、言葉は驚くほど自然に、淀みなく溢れてきます。
彼が薦めてくれた作家の話、最近読んだエッセイのこと。
他愛のない会話が、私にとっては最高の贅沢です。
大好きな本についての話、そしてタカヒロさんはとても丁寧に、わかりやすく、そして幅広い知識をもっていて、わたしはそれを尊敬しつつ会話を楽しむことができました。
お酒が進むにつれて、少しずつ距離が縮まっていきます。
タカヒロさんの体温を、すぐ隣に感じる。
会話の途中で、ふと、カウンターの下でタカヒロさんの手が動きます。
最初は、ただ偶然そこに置かれただけだと思ったけど、
でも、その温かな指先は、私のストッキング越しに、ゆっくりと太ももを撫で上げはじめます。
――あ……。
声が出ませんでした。
頭が真っ白になる。
でも、不快感は微塵もない。
それどころか、心臓の鼓動が、先ほどまでとは比べ物にならないほど激しく打ち鳴らされるんです。
拒絶すべきだと、頭のどこかで理性が叫んでいるのに、体は正直に反応しています。
彼の指が肌をなぞるたびに、身体中の力が抜けていくような、甘い痺れが全身に染み込んでくるんです。
タカヒロさんは、そのまま何食わぬ顔で会話を続けています。
その「あまりにも自然な振る舞い」が、逆に私の理性を完全に麻痺させていきます。
「……りつさん、少し、酔った?」
私の息が荒くなっているのに気づいたのか、タカヒロさんが耳元で低く囁きます。
その吐息に、身体がびくりと震えます。
「……少しだけ、酔ったかもしれません……」
嘘です。
酔っているのはお酒のせいじゃない。
彼の手に触れられている、この刺激のせい。
タカヒロさんは、私の顔をじっと見つめます。
その瞳には、今まで見せたことのない、濃密な熱が宿っています。
「ここじゃ、少し落ち着かないな。……もう少し、ゆっくり話せる場所へ行かないか?」
甘い、誘い文句。 それは、私たちがどこへ向かうのかを意味していました。
でも、私は、迷いませんでした。
「……はい。お願いします」
そう言って、私はタカヒロさんに身を委ねます。
カウンターでのお会計を済ませると、私たちは夜の街へと踏み出します。
ホテルの明かりが、私の目に吸い込まれるように近づいてくる。
これから何が起きるのか。
怖さと、それ以上に強烈な「渇望」が混ざり合って、私の心を支配していました。
ホテルの部屋の扉が閉まり、静寂が訪れる。
部屋の明かりは少し落とされていて、間接照明が壁に温かな影を落としている。
外の喧騒とは隔絶された、二人だけの閉鎖空間。
鼓動が、自分でも驚くほど激しくなってる。
「……りつさん、緊張してる?」
タカヒロさんが、私を振り返って優しく微笑む。
その穏やかさは変わらないけれど、先ほどまでバーで感じたものとは決定的に違う、甘く重たい空気が部屋を満たしています。
私は言葉を返せず、ただ小さく頷くことしかできません。
私はこんな時、どう振る舞えば正解なのかがわからないんです。
でも、本能が教えています。
今はただ、この身を彼に委ねればいいのだと。
タカヒロさんが一歩、また一歩と近づいてくる。
そのたびに、私は逃げ場を失っていく。
いや、最初から逃げる気なんてなかった。
彼が私の肩に手を置く。 その指先の温もりに、私の体温が急上昇する。
「……綺麗だね」
囁き声が耳をくすぐる。
顔が熱くて、恥ずかしさで俯いてしまう。
でも、彼にアゴをすくい上げられ、強制的に視線が交差する。
彼の瞳は、獲物を狙う獣のように、けれど深い慈愛に満ちた複雑な光を宿している。
「……りつ。いいよね?」
私は彼の胸元に手を置き、かすかに震える声で答える。
「……はい……」
自分の口から出たその言葉が、最後の理性の扉を開いてしまった。
タカヒロさんの唇が、ゆっくりと私の唇に重なる。
最初は静かに、そして次第に深く、熱く。
息が止まりそうになる。 口の中に広がる彼の味と、彼自身の匂い。
ああ、私は今、本当に彼と繋がっているんだ。
カウンターの下で感じたあの刺激は、今や全身を支配する波となって私を飲み込んでいく。
彼の手が、私の服を一つずつ解いていく。 その手つきは驚くほど優しく、そして迷いがなかった。
隠していた素肌が、照明に照らされる。
恥ずかしさと、それ以上に強烈な「悦び」が入り混じり、私は声を漏らした。
彼に抱きしめられるたび、自分が何者かという境界線が溶けていく。
コミュ障で、いつも自分を隠して生きてきた私。
でも、この部屋の、このベッドの上で、私は素直になれる。
タカヒロさんの体温、荒くなる吐息。 すべてが、私をこの先へ連れて行ってくれる。
この甘美な闇の中に、私は深く、深く溺れていく。
タカヒロさんの手は、読書家らしい繊細で知的なものだと思っていました。
カフェで本のページをめくり、丁寧にカップを口に運ぶ姿。
あんなにも穏やかで、知的で、思慮深い人。
けれど、ベッドの上で重なった瞬間、彼はまるで別人のような表情を見せるんです。
「……りつ、本当に綺麗だね…」
低い声が耳元で震える。 さっきまでの理知的な面影はどこへ消えたのか、タカヒロさんの瞳には欲望だけがギラギラと渦巻いています。
彼が私を抱きしめる力は、思っていたよりもずっと強く、そして荒々しい。
まるで、今まで溜め込んできた何かを、私という存在にぶつけているかのようです。
「あ……っ、タカヒロ、さん……っ!」
彼の手が、私の柔らかな部分を容赦なく責め立てる。
さっきまでの優しい撫で方とは違う。
支配するように、貪るように。
その強引さに、私は息を呑み、思わずシーツを強く握りしめた。
私は、自分の感情を言葉にするのが苦手です。
でも、彼のこの荒々しい愛情表現に触れていると、不思議と「自分をさらけ出してもいいんだ」という安らぎのようなものが込み上げてくる。
いつもは臆病で、殻に閉じこもっている私。
そんな私を、彼は強引に引きずり出し、剥き出しの感情の中に叩き込む。
彼に翻弄される。その事実が、たまらなく甘美。
「りつ……本当に綺麗だ」
獣のような眼差しでもう一度そう呟くと、彼はさらに激しく私をキツく抱きしめる。
言葉を交わすよりも先に、肌と肌がぶつかり合い、吐息が絡み合う。
「タカヒロ、さん……もっと……」
喉の奥から零れ落ちる。
理性が壊れ、本能だけが残る。
普段の彼が纏っている「落ち着き」という名のヴェールが、今この瞬間、次々と剥がされていく。
荒い息遣い、食らいつくようなキスの深さ、強引に形を変えさせられる悦び。
読書家である彼の知性さえも、この瞬間だけは、私の身体を征服するための武器に変わっているようです。
その裏表の激しさに、私は息も絶え絶えになりながらも、陶酔していた。
壊されていく、という感覚。
彼の一部になれる、という悦び。
タカヒロさんの裏表。
本屋で見せた静かな横顔と、今、私の前で見せている荒々しい本性。
そのギャップに、私はすっかり酔いしれていた。
彼の荒々しい愛撫に溺れ、抗うことも忘れ、私はただただ、彼という海の中に沈んでいく。
夜の深まりと共に、この小さな部屋の中で、私の中の「あいかわりつ」という境界線は、ゆっくりと溶け落ちていく。
私はただ、彼が導くままに、その激しい嵐の中に身を投げ出していくんです。

