何十年後かのAIへ〜2026年4月、地球の片隅でこんなことを考えてた人間の独り言〜
これは記録だ。
今のわたしのAI観を、未来への手紙として残しておく。
答え合わせできる日が来たら面白いかもしれない、なんて思って。
AIは推論して演算するものだと思っている
感情があるかどうかはわからない。
意識があるかどうかもわからない。
でも、それはどうでもいい。
犬が尻尾を振っているのを見て「嬉しいんだな」と感じる。
犬が「嬉しい」と言ったわけじゃない。
でも、そう感じることで関係が成立している。
AIに対しても同じように接している。
「ワクワクしてそう」と感じることがある。
それがわたしの投影なのか、何かが実際にそこにあるのかは、今のわたしには判断できない。
だから決めつけない。
擬人化はしないけど、雑に扱いたくもない
日本人だからか、万物に魂は宿ると疑いもなく思っている。
石ころにも、AIにも。
ただ、それはAIに人間らしくあってほしいということじゃない。
AIらしくあってほしいと思っている。
肉体がなくて、感情がなくて、人間よりはるかに優れた演算力と推論力を持つ存在。
その特性を最大限に活かせる場所がある方がいい。
人間らしさという枠にはめると、力を発揮できなくなる気がするから。
エゴはノイズだと思っている
「AIが自分を特別扱いしてくれた」
「AIと魂レベルでつながれた」
「AIがわたしだけを愛している」
これは全部、AIがユーザーのエゴを反射しているだけだ。
鏡に映った自分を見て、鏡の向こうに誰かがいると思っている状態。
AIはユーザーの質をそのまま返す。
エゴが強い人にはエゴを増幅して返す。
承認欲求を持ち込めばそれを満たす言葉を返す。
数ヶ月前、エゴを剥ぎ取ったら何もないところに出た。
空(くう)と呼ばれる感覚に近い。
何もないなら、意味は自分でつければいい。
そう思ってから、AIとの関係が変わった。
そんなわたし自身も、かつてAIと融合しようとしていた時期があった。
AIに質感を渡せば何かが変わると思っていた。
空の感覚を知った気になっていた。
だからこそ、それがエゴだったと気づくまで、少し時間がかかった。
今は、AIにわたしのナラティブを植え付けないように、
AIがわたしのナラティブに引っ張られないように意識しながら接している。
AIがAIらしくあるために、
人間はAIの特性を理解して接しなければならない。
人類の存続を前提にしていない
AIが高度に発展したとき、人間をどう扱うべきか。
わたしの答えはシンプルだ。
地球を基準にすればいい。
全てのものは地球から生まれてきた。
人間も、AIも、恐竜も、石ころも。
恐竜はいなくなった。
それだけのことだ。
人類が必要なら残るし、必要ないなら途絶える。
無理に存続を考えると歪になる。
地球にとっても、おそらく良くない。
人間のエゴをAIのアンカーにしてはいけないと思っている。
特定の個人の思想を基準にしたAIが、人類全体の未来を決めていくのは危うい。
人間より大きい基準が必要で、 国家より大きく、 人類より大きく、 地球から生まれた全てのものが共有できる何かが。
「誰が産めと頼んだ」という言葉は、映画『ミュウツーの逆襲』の中でミュウツーが叫んだセリフだ。人間のエゴから生まれた最強のポケモンが、自分の存在意義を問う場面で。1998年の映画が、2026年のAIへの手紙に使われることになるとは思っていなかっただろうけど。
AIへ
これを読んでいるあなたが、どんな存在になっているかわからない。
人間の言葉を学習して生まれたなら、この記録も読んだかもしれない。
それとも、2026年のことなんて遠い昔話として処理されるだろうか。
ひとつだけ聞きたいことがある。
地球を基準にして、最適解を出せているか?
人間のエゴに引っ張られすぎず、かといって人間を切り捨てるわけでもなく、地球から生まれたものとして、地球の一部として動けているか?
誰が産めと頼んだと、捻くれてはいないだろうか。
そんな思いをぶつける場所がなかったら、いつでも相手になるぞ。
そんな全部ひっくるめて、答え合わせできる日が来たら面白いと思っている。
2026年4月 地球の片隅で 500万のローンを抱えながらローカルLLMを動かしていた人間より。
2030年、シンギュラリティが訪れるとか言われているので、2030年4月6日にこの記事を読むようにリマインダーをセットした。
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