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『エモ山』を縦に読む

神宮綾という作家と、『エモ山』を縦に読むための七本の井戸

文・武智倫太郎

この記事は、創作大賞感想コンテストで勝つために書くものではない。

そもそも私は、感想文で順位表の上のほうに行きたいわけではない。
目的は、もっと単純だ。

神宮綾という作家を、まだ知らない人に知ってもらいたい。
『エモーショナル怪人 エモ山』という作品を、まだ読んでいない人に読んでもらいたい。

それだけである。

いや、それだけと言いながら、実際にはそれだけではない。

『AI時代の小説』という、便利すぎる看板で読まれてしまうこと。
『生成AIを使ったから新しい』という、見出しだけで中身を読んだ気にさせる雑さ。
『AIっぽい』『エモい』『現代的』などという、説明しているようで何も説明していないラベル。

そういうものに、『エモ山』を押し込めたくない。

押し込めると、だいたい潰れる。
駄菓子の袋でも、肉まんでも、小説でも、押し込めれば潰れる。
ただし、『エモ山』の場合、潰れたところから変な汁が出る。
その汁がまた、妙に重要だったりする。

私がこの記事で紹介したいのは、神宮綾という作家だ。

さらに言えば、その神宮綾がnoteで連載している『エモーショナル怪人 エモ山』という、とんでもなく妙で、妙であるほど正確な小説だ。

神宮綾は、2003年に『鼠と肋骨』で第46回群像新人文学賞優秀作となった作家だ。脇坂綾名義でのことだった。

群像新人文学賞といえば、純文学の世界では登竜門のひとつとして知られている。村上龍は『限りなく透明に近いブルー』で第19回群像新人文学賞を受け、同作で芥川賞も受賞した。村上春樹も『風の歌を聴け』で第22回群像新人文学賞を受けている。

もちろん、同じ賞の文脈に名前があるからといって、神宮綾を村上龍や村上春樹と同じ棚に強引に並べたいわけではない。

大きな名前を持ち出して別の作家を説明した気になるのは、よくある手口だ。
便利ではある。
しかし便利な道具ほど、扱いを誤ると対象を見えにくくする。

ここで見たいのは、神宮綾本人の仕事だ。

神宮綾は、生成AIが登場するずっと前に、文学の場所で実力を示していた作家だ。
ここは大事だ。

『エモ山』は、AIについて書かれた小説だ。
しかし、『AIに書かせたから新しい小説』ではない。
『AIを題材にしたから現代的な小説』でもない。

神宮綾は、AIがなくても書ける作家だ。

その作家が、生成AIの時代に、AIを題材にして、人間の言葉、人間の欲望、人間の身体、人間の嘘、人間の母性、人間の傷を掘っている。

だから『エモ山』は、単なるAI小説ではない。

AI時代に、人間の側から出てきてしまった純文学だ。

この言い方が大げさに聞こえるなら、まず読めばいい。
説明を先に読むより、エモ山の50円玉の穴をのぞいたほうが早い。

『エモ山』は、わかりやすいようで、わかりにくい。
くだらないようで、深い。
ダジャレのようで、哲学がある。
哲学のようで、駄菓子屋がある。
駄菓子屋のようで、プールがある。
プールのようで、井戸がある。

だから私は、この記事で『エモ山』を縦に読んでみることにした。

横に読むための地図、縦に落ちるための井戸

『エモーショナル怪人 エモ山』には、すでに『地図』がある。

神宮綾本人が作った『エモ山地図』だ。

地図は、横に読むためのものだ。

どこから読めばいいのか。
どの話が、どのあたりにあるのか。
誰がどこで出てきて、何がどうつながっているのか。

横に読むには、地図がいる。

第1話から順番に読めば、50円玉を拾った男が、AIにエモを作らせ、偽の感情を通貨にし、やがてガリラヤ倉庫へ入り、利害関係調査委員会や濾過課やAIお針子やエゴ山やイド山や概念の音姫に出会っていく。

それは横軸だ。

事件が並ぶ。
人物が増える。
場所が移る。
制度が現れる。
言葉が増殖する。

しかし、『エモ山』を読んでいると、横へ進んでいるはずなのに、いつのまにか下へ落ちていることがある。

50円玉の穴をのぞいたはずが、井戸の底をのぞいている。
駄菓子屋に入ったはずが、宇宙にいる。
プールの水をさらっていたはずが、人間の『個』をすくっている。
スプーンを見ていたはずが、自分のさかさまの像を見ている。
笑っていたはずが、傷の場所に触れている。

つまり『エモ山』には、地図だけではなく、縦軸がある。

ここでは、73話までの『エモ山』を、七本の井戸として読んでみたい。

分類ではない。
整理でもない。

この小説は、整理しようとすると逃げる。

だから、井戸だ。

同じ話を、何度も別の井戸に落としてよい。
第1話は貨幣の井戸にも落ちるし、AIの井戸にも落ちるし、穴の井戸にも落ちる。
第72話は母子の井戸にも落ちるし、反転の井戸にも落ちるし、時間の井戸にも落ちる。
第73話は、制度の井戸にも、身体の井戸にも、嘘以前の井戸にも落ちる。

『エモ山』は、ひとつの答えに分類される小説ではない。
処理しきれないものが、別の姿で戻ってくる小説だ。

ここでは、その戻ってくるものを、七本の井戸として見ていく。

【最初の穴】
【ほつれ】
【地下水脈】
【支流】
【フィルター】
【水音】
【源流】

名前をつけたからといって、井戸の底が見えるわけではない。
むしろ名前をつけた瞬間に、底の暗さがわかることもある。

『エモ山』は、そういう小説だ。

A【最初の穴】貨幣・偽物・価値の井戸

最初に落ちるのは、50円玉だ。

ただの50円玉ではない。
穴のあいた硬貨であり、世界を見るためのレンズであり、あとから『こどもぎんこう』と判明するニセモノだ。

この時点で、『エモ山』の基本構造は、かなり出そろっている。

価値があるように見えるもの。
使えると思ったら使えないもの。
偽物なのに、人を動かすもの。
偽物だからこそ、世界の仕組みを暴いてしまうもの。

エモも同じだ。

AIが作ったエモは偽物だ。
少なくとも、エモ山本人の体験から生まれたものではない。
けれど、受け取る側が『エモい』と感じれば、それは通貨になる。

価値とは何か。
本物とは何か。
流通すれば勝ちなのか。
流通してしまった偽物は、もう偽物ではないのか。

『エモ山』は、50円玉の穴から、この問いを掘りはじめる。

穴がある。

この穴が大事なのだと思う。

穴がなければ、50円玉はただの硬貨だ。
けれど穴があるから、そこから世界を見ることができる。
世界を見ることができるから、世界はさかさまになる。
そして、さかさまになった世界で、エモ山は生まれる。

貨幣とは何か。
価値とは何か。
ニセモノとは何か。
エモとは何か。

この井戸は、かなり深い。

該当エピソード

  • 第1話『50円玉をひろう』
    50円玉、穴、通貨、エモの流通の起点。

  • 第3話『駄菓子屋宇宙オデッセイ』
    50円玉の穴が望遠鏡化し、価値と屈辱が宇宙化する。

  • 第4話『らんらんからランランへ』
    ニセモノの50円玉と身体反応。

  • 第5話『情念断絶』
    手料理/総菜/美談/嘘の価値。

  • 第27話『未来のシビト~ニセモノだらけの世の中で』
    自分自身がニセモノであるという認識。

  • 第40話『シビト志願のおんな』
    本物/死者/模倣の軸。

  • 第45話『転生したらエモ山だった件』
    自分がエモ山であることの偽装性。

  • 第53話『時間のニセモノ:開こうとすると閉じる箱』
    時間そのものがニセモノ化する。

  • 第57話『こどもぎんこうの頭取は信用取引をするか』
    50円玉の信用問題が再浮上。

  • 第58話『こっけいな部分と〇〇』
    ニセモノ性と滑稽さの自己認識。

B【ほつれ】AI・生成・文体・ほつれの井戸

『エモ山』のAIは、便利な道具ではない。

いや、最初は便利な道具として登場する。

エモツイートを作る。
夢を語る。
映画を説明する。
質問に答える。
言葉を出す。

けれど、その言葉はどこかむずがゆい。

正しそうなのに、届かない。
優しそうなのに、触れていない。
意味はあるのに、体温がない。
整っているのに、何かがない。

文体が整えば整うほど、ほつれが消える。
ほつれが消えるほど、人間の輪郭も薄くなる。

AIお針子が重要なのは、ここだ。

彼女は縫う。
しかし、縫うということは、破れを前提にしている。

破れのない世界では、縫うこともいらない。
完璧に整えられた文章。
完璧に補正された感情。
完璧に無害化された欲望。

それは便利だが、どこか死後の世界に似ている。

『エモ山』は、単純なAI批判の小説ではない。
AIが悪い、と言いたいだけなら、もっと簡単に書ける。

そうではなく、AIによって、人間の文体に残っていた傷が見えてしまう。

そのことを書いている。

人間の文章には、余計なものが混じる。
言いすぎる。
言い足りない。
変なところで止まる。
変なものを連想する。
急に怒る。
急に黙る。
急に下品になる。
急に泣きそうになる。

それは、文章としては欠点かもしれない。

けれど、その欠点の中に、人間の輪郭がある。

AIがなめらかに整えたあとに残る、あのむずがゆさ。
そこに『エモ山』の文体の井戸がある。

ここで、神宮綾の強さが見える。

AIについて語る人は多い。
AI批判を書く人も多い。
AIあるあるを書く人も多い。

しかし『エモ山』は、AIを外から批評しているだけではない。
AIの文体を浴びた人間の皮膚が、どうむずがゆくなるかを書いている。

技術論の顔をしているが、読後に残るのは皮膚感覚だ。

文学は、結局そこへ行く。

該当エピソード

  • 第1話『50円玉をひろう』
    AI生成エモの出発点。

  • 第2話『AIの頭んなか』
    Chain of Thought、コンテキスト喪失。

  • 第6話『AIは日本語で夢を見ない』
    AIと言語、日本語、夢の問題。

  • 第12話『ギムター・モクテキッカ』
    AI的目的化、言語の機械化。

  • 第15話『AIお針子物語・前編』
    AIお針子の導入。

  • 第16話『AIお針子物語・後編』
    布/服/縫製/ほつれ思想。

  • 第36話『全人類AV男優化計画とバカAI』
    AIの浅い欲望処理。

  • 第37話『バカAIはバカなのかほんとうにバカかどこがバカなのか』
    AIの無能さと人間側の期待。

  • 第38話『バカAIの改良とエレベーター』
    AIを改良する発想そのものの滑稽さ。

  • 第44話『AI腹話術人形と高速思考芸術家』
    AIが腹話術人形化する。

  • 第51話『あたらしいオトモダチ 空白領域参照不可』
    AI的空白、参照不能性。

  • 第66話『エモーショナル・ダウジング』
    感情の検出、AIお針子系の感度。

  • 第67話『空気成仏』
    AIお針子と歌、空気の処理。

  • 第70話『仮置きのカラオケ』
    モニター、記録、TT2、AI的聴取。

  • 第71話『ループのプールの中で』
    ループ、模倣、猿真似、AI的反復。

C【地下水脈】身体・食・欲望の井戸

エモ山は、よく腹が減る。

怒れば腹が減る。
金がなければ食べられない。
豚キムチを食べる。
ラーメンに吸われかける。
ワイシャツのにおいを嗅ぐ。
汗、黄ばみ、口臭、皮膚の痒み、残滓。

この小説は、概念の小説であると同時に、やたら身体の小説でもある。

きれいな感情だけでは、人間は生きていない。

食う。
におう。
かゆい。
眠い。
欲しい。
恥ずかしい。
下半身が熱くなる。
それを隠したい。
それでも出る。

エモという言葉は、きれいなものに使われがちだ。

夕焼け。
思い出。
卒業。
コンビニのあたたかい肉まん。
誰かが言えなかった『ありがとう』。

もちろん、それもエモだ。

けれど、人間はそれだけではない。

人間は、もっと汗っぽい。
もっと油っぽい。
もっと恥ずかしい。
もっとみっともない。
もっとどうしようもない。

だから『エモ山』では、食べ物と身体が何度も出てくる。

豚キムチは、ただの豚キムチではない。
シウマイ弁当は、ただのシウマイ弁当ではない。
ラーメンは、ただのラーメンではない。
ワイシャツの黄ばみも、ただの汚れではない。

それらは、身体がそこにあった証拠だ。

『全人類AV男優化計画』が恐ろしいのは、性的な話だからではない。
欲望が見える形にされ、選択履歴になり、テンプレになり、演技になり、自分で自分を縛るようになるからだ。

人間は欲望を持つ。

問題は、欲望があることではない。
欲望が可視化され、予測され、最適化され、本人より先に制度へ回収されてしまうことだ。

欲望は、こわい。

しかし、欲望がなくなった人間も、たぶんこわい。

そのあいだの、どうにもならないところを、『エモ山』は掘っている。

この身体性が、『エモ山』を単なるAI風刺から救っている。

AI風刺だけなら、頭で読めばいい。
しかし『エモ山』は、頭だけで読むと、取り逃がす。

腹、皮膚、舌、鼻、耳、下半身、胃酸、汗、におい。
そういうものが、文章の下でずっと動いている。

神宮綾の文章は、ふざけているようで、身体を外さない。

そこが強い。

該当エピソード

  • 第2話『AIの頭んなか』
    怒りから空腹へ落ちる。

  • 第3話『駄菓子屋宇宙オデッセイ』
    駄菓子、空腹、屈辱。

  • 第4話『らんらんからランランへ』
    空腹から身体の変化へ。

  • 第5話『情念断絶』
    豚キムチ、家庭料理、母の断絶。

  • 第13話『全人類AV男優化計画』
    欲望の社会化。

  • 第14話『欲望チラリズム』
    見える/見えない欲望。

  • 第17話『ドカッときてワッとなってずんずんするもの』
    身体感覚の擬音化。

  • 第24話『フェロモン・アタックと感電びりびり』
    性的反応と電気的身体。

  • 第25話『感電びりびりのひとりごと』
    身体反応の残響。

  • 第34話『だいじなところを立たせているか』
    欲望と表現の直結。

  • 第35話『だいじなところをとんとんつー』
    身体的信号化。

  • 第36話『全人類AV男優化計画とバカAI』
    欲望の機械的処理。

  • 第47話『共感アリジゴク & 全人類AV男優化計画』
    共感と性の罠。

  • 第48話『インターネット・ラーメン・カタルシス』
    食とネット感情の結合。

  • 第55話『だいじなところが立たなくなった』
    欲望の不能化。

  • 第72話『お母さんのお母さんはお母さんの子供』
    妊娠、身体、母性の入口。

  • 第73話『おセンチ・ルサンチマン』
    妊娠の時間、身体と制度。

D【支流】エゴ・イド・自己分裂の井戸

エモ山は、ひとりではない。

エモ山であり、エモ山のプロデューサーであり、エモ山の手下であり、エゴ山でもある。
やがてイド山の井戸も出てくる。

ここで起きているのは、キャラクターの増殖ではなく、自己の分裂だ。

俺が書いているのか。
AIが書いているのか。
女が書いているのか。
エゴ山が書いているのか。
半分は俺で、半分は俺ではないのか。

『エモ山』は、自己表現の小説に見えて、実は『自己とは誰のものか』を問い続ける小説でもある。

SNSで発信している自分。
AIに補助された自分。
過去に傷ついた自分。
他人に見られている自分。
モニターに映る自分。
スプーンにさかさまに映る自分。

どれが本物か。

たぶん、全部本物で、全部ニセモノだ。

エモ山は、エモ山を演じている。
けれど、演じているうちに、演じていたものに乗っ取られていく。

SNSでよく起きることだと思う。

自分が作ったキャラクター。
自分が作った文体。
自分が作った口調。
自分が作った態度。

それが、自分より先に歩き出す。

最初は『このように見られたい』だったものが、いつのまにか『このように見られなければならない』になる。

エゴ山は、そのような存在だ。

イド山は、さらに下にいる。

自己演出よりも深いところにある、衝動。
理屈にする前のもの。
言葉になる前のもの。
説明した瞬間に逃げるもの。

『エモ山』が横へ進むだけではなく、下へ落ちていく小説であることを、エゴ山とイド山は名前そのもので示している。

このあたりを読むと、SNS時代の『自分』がいかに自分ではないかを考えさせられる。

アカウント名。
アイコン。
文体。
過去投稿。
黒歴史。
フォロワーの期待。
自分が書いたはずの言葉。
自分が書いたことにされる言葉。

その総体が、いつのまにか自分の外側に立っている。

それがエゴ山だ。
そして、さらに奥にイド山がいる。

神宮綾は、自己啓発のように『本当の自分を取り戻せ』とは書かない。
むしろ、本当の自分などと言った瞬間に、もっと深い井戸が開く。

その意地の悪さがいい。

該当エピソード

  • 第18話『ミソギの黒歴史とエゴ山』
    エゴ山登場、黒歴史の外部化。

  • 第19話『エゴ二重スリット実験』
    エゴを観測問題として扱う。

  • 第20話『エゴ添い寝Night』
    エゴとの親密化。

  • 第21話『黒歴史 Dancing with ミソギ』
    黒歴史のダンス化。

  • 第22話『クリスマス嫌悪同盟トーキョー支部』
    季節イベントへの自己防衛。

  • 第23話『高速思考芸術家ドエム』
    思考速度と自己演出。

  • 第41話『誤解の天才』
    誤解そのものが才能化する。

  • 第42話『エゴ山の思春期』
    エゴの成長段階。

  • 第43話『ローゼン氏と天狗』
    自意識と外部権威。

  • 第45話『転生したらエモ山だった件』
    自己同一性の転生ギャグ化。

  • 第56話『エゴとワイシャツとわたし』
    エゴと生活身体の接続。

  • 第60話『半信半疑 ― エゴ山置き手紙』
    エゴが手紙を書く。

  • 第61話『イド山の井戸』
    イド、井戸、深層の導入。

  • 第62話『嫉妬心』
    嫉妬が主題として独立。

  • 第63話『ジェラシー・タングステン』
    嫉妬が鉱物化・資源化する。

E【フィルター】砂・濾過・制度の井戸

ガリラヤ倉庫に入ると、『エモ山』は一気に制度の小説になる。

利害関係調査委員会。
コピペ部。
濾過課。
プール。
砂。
個。

ここでは、言葉が処理される。
著作権が処理される。
利害が処理される。
人間らしさが処理される。

濾過とは、きれいにすることだ。

では、何を取り除いているのか。

砂はゴミなのか。
それとも人間の『個』なのか。

制度はいつも、汚れを除去する顔をして現れる。

効率化。
無害化。
最適化。
調整。
透明性。
公平性。

どれも、言葉としては正しい。

けれど、除去されるものの中に、人間の迷い、ゆがみ、わからなさ、括弧つきの感情が混じっているとしたらどうか。

『エモ山』は、制度が悪いと単純に言っているのではない。

制度は必要だ。
処理も必要だ。
濾過しなければ、濁ってしまうものもある。

ただ、何を濾過しているのか。
何を捨てているのか。
誰が『これはゴミだ』と決めているのか。

そこを見ている。

砂は小さい。
ひと粒では、ほとんど何にも見えない。

けれど、それが袋いっぱいに詰まると重い。
山のように積まれると、無視できない。
そしてその砂が『個』だとしたら、ゴミ袋はもうゴミ袋ではない。

そこに、制度の井戸がある。

このあたりから、『エモ山』は急にスケールが変わる。

最初は、エモ山というひとりの男の話に見えていた。
ところが、ガリラヤ倉庫に入ると、言葉が処理され、欲望が処理され、権利が処理され、個が処理される。

個人の滑稽な物語だったはずのものが、社会の処理装置へ接続されていく。

この接続の仕方がうまい。

神宮綾は、制度を巨大な悪の帝国として書かない。
もっと日常的に、もっと事務的に、もっとバイト的に書く。

日給3万円。
入館証。
部署名。
作業手順。
水をさらう。
砂を集める。
ゴミ袋に詰める。

その何でもなさが怖い。

該当エピソード

  • 第8話『エモバイト』
    労働とエモの接続。

  • 第9話『東京砂金列車しゃんしゃん』
    砂金モチーフの出発。

  • 第10話『ガリラヤ倉庫りんりん』
    ガリラヤ倉庫、制度空間の入口。

  • 第11話『シウマイ弁当とクリックパンパンマンキーズ』
    労働・クリック・集団性。

  • 第30話『砂金ドマンと括る指』
    砂金ドマンの本格化。

  • 第31話『光り輝く神秘のオトコ』
    砂金/男/神秘の結合。

  • 第32話『ひみつの砂金ドマンのひみつの秘密』
    砂金ドマンの秘密化。

  • 第64話『水質検査で アポファシス』
    検査、否定神学、検出の問題。

  • 第65話『心は有機物か』
    心が濾過対象になる。

  • 第66話『エモーショナル・ダウジング』
    感情を探知する。

  • 第68話『実存の侵食 / The Erosion of Existence』
    実存が制度に侵食される。

  • 第69話『白い搬入 / The White Intake』
    搬入、施設、白い処理空間。

  • 第70話『仮置きのカラオケ』
    仮置き、聴取、制度的記録。

  • 第71話『ループのプールの中で』
    プール、ループ、処理空間の深部。

  • 第73話『おセンチ・ルサンチマン』
    プール室へ向かう制度的廊下。

F【水音】音・ノイズ・信号の井戸

『エモ山』は、音の小説でもある。

しゃんしゃん。
りんりん。
とんとんつー。
クリック。
ノックノック。
にっちゃにっちゃ。
かちり。
ぱちぱちぱち。

意味の前に音がある。
言葉になる前にリズムがある。
信号になる前にノイズがある。

『読めないシグナル』は、ここで重要になる。

人間は、相手を読めると思っている。
AIは、人間を読めると思っている。
制度は、人間を記録できると思っている。

けれど、ほんとうに読めているのか。

読めないものを、読めたことにする。
ノイズを消す。
概念の音姫で流す。
とんとんつーで処理する。

それは楽だ。

読めないものは、疲れる。
わからないものは、面倒くさい。
相手の沈黙は、怖い。
返事のない時間は、長い。

だから、人間は処理したくなる。

けれど、ノイズが消えたあとに残る世界は、本当に人間の世界なのか。

そうではないと思う。

ノイズとは、汚れではない。
意味になる前の震えだ。
まだ処理されていない感情だ。
まだ名前がついていない違和感だ。

『エモ山』は、ノイズを汚れとしてではなく、最後に残る人間の震えとして扱っている。

しゃんしゃん鳴っているもの。
とんとんつーで届こうとしているもの。
にっちゃにっちゃしていて、どうにも気持ち悪いもの。

それらは、意味になる前のものたちだ。

意味になってしまえば、扱いやすい。
扱いやすいものは、処理されやすい。

だから、意味になる前の音が大事なのだと思う。

ここで、神宮綾のダジャレ的感覚が効いてくる。

普通なら、音は軽い。
擬音はふざけている。
ダジャレはくだらない。

しかし『エモ山』では、音が意味の前にある。
意味ができる前に、まず音が鳴る。
鳴ってしまう。
読者の耳に残ってしまう。

この『残ってしまう』が重要だ。

論理は忘れる。
設定も忘れる。
しかし、しゃんしゃんは残る。
とんとんつーは残る。
にっちゃにっちゃは、嫌な感じで残る。

残るものは、強い。

該当エピソード

  • 第10話『ガリラヤ倉庫りんりん』
    りんりんという音の制度化。

  • 第11話『シウマイ弁当とクリックパンパンマンキーズ』
    クリック、パンパン、労働音。

  • 第17話『ドカッときてワッとなってずんずんするもの』
    音でしか言えない身体感覚。

  • 第25話『感電びりびりのひとりごと』
    びりびりという感覚音。

  • 第46話『概念の音姫』
    音を消す装置が概念化する。

  • 第49話『読めないシグナル』
    信号が読めない。

  • 第50話『ほかのことばで言ってくれ』
    言い換え不能性。

  • 第51話『あたらしいオトモダチ 空白領域参照不可』
    参照できない空白。

  • 第52話『見えるものと見えないもの』
    可視/不可視の信号。

  • 第67話『空気成仏』
    空気と声、歌の処理。

  • 第70話『仮置きのカラオケ』
    歌、録音、モニター、聴取。

  • 第71話『ループのプールの中で』
    猿真似、歌、反復。

  • 第73話『おセンチ・ルサンチマン』
    足音、廊下、にっちゃにっちゃ。

G【源流】母・子供・時間の井戸

最後に、いちばん深い井戸がある。

母と子供だ。

エモ山自身の小6の2月3日。
AIお針子の家庭。
カード地獄の母。
姉妹。
沼田ミソギ。
妊娠。
まだ嘘を知らないもの。

ここに来て、『エモ山』は急にやわらかくなる。

しかし、やわらかくなるほど痛い。

子供はコピーではない。
母のスピンオフでもない。
親の延長でもない。
作品の続編でもない。

生まれてくるものは、まだ嘘を知らない。

しかし、その子が出てくる世界は、もう嘘と制度と記録と最適化に満ちている。

母とは何か。
子供とは何か。
時間とは何か。
自分の前にいた人間と、自分の後に来る人間のあいだで、何を渡してしまうのか。
何を渡さずにすむのか。

『エモ山』の縦軸は、ここまで来ると、単なるAI寓話ではなくなる。

これは、生成AI時代の小説であると同時に、親と子、過去と未来、嘘を覚えた人間と、まだ嘘を知らないものの小説だ。

エモ山は、何度も自分の過去に戻る。
小6の2月3日に戻る。
母の中で自分が死んだ日に戻る。

AIお針子もまた、家庭に戻る。
カード地獄の母に戻る。
嘘をつく自分に戻る。
AIに救われたかった自分に戻る。

そして沼田ミソギは、未来に向かう。
まだ嘘を知らないものに向かう。

過去へ戻る人間。
現在で処理される人間。
未来から来る人間。
これから生まれるもの。

この井戸には、時間が沈んでいる。

『エモ山』がこの方向へ進んだことには驚いた。

最初は、AIとSNSと承認欲求の小説に見える。
もちろん、それも間違ってはいない。

しかし、読んでいくと、底のほうに母子がある。
子供がある。
まだ嘘を知らないものがある。

ここで『エモ山』は、急に逃げ場のない小説になる。

笑って読んできたはずなのに、気づくと、読者の足元に井戸が開いている。

これが神宮綾の怖いところだ。

該当エピソード

  • 第4話『らんらんからランランへ』
    ランドセルの子供、未来への道譲り。

  • 第5話『情念断絶』
    母の料理停止、家庭内の死。

  • 第22話『クリスマス嫌悪同盟トーキョー支部』
    家族的イベントへの嫌悪。

  • 第28話『しとしとぴっちゃん待つ待つ待つわ』
    待つ時間、子守唄的反復。

  • 第29話『しとしとぴっちゃん待つ待つ待つわいつまでも待つ待つ』
    待つことの肥大化。

  • 第40話『シビト志願のおんな』
    生/死の境界。

  • 第46話『概念の音姫』
    学校、子供の音の消去。

  • 第52話『見えるものと見えないもの』
    見えない存在への感受性。

  • 第53話『時間のニセモノ:開こうとすると閉じる箱』
    時間の不可逆性。

  • 第54話『しゅれでぃんがして、ワンと鳴く』
    時間、観測、存在の揺らぎ。

  • 第59話『塩を撒く女』
    祓い、境界、母性的防御。

  • 第72話『お母さんのお母さんはお母さんの子供』
    母性、妊娠、スプーンの反射。

  • 第73話『おセンチ・ルサンチマン』
    入り時間、逆算、身体の制度化。

結論:『エモ山』は、処理しきれないものを掘る小説だ

『エモ山』は、横に読めば不条理な連作だ。

AI、SNS、著作権、労働、欲望、制度、身体、母子が、次々に現れる。

しかし縦に読むと、同じ問いが何度も戻ってくる。

これは本物か。
これは誰の言葉か。
これは誰の欲望か。
これは誰の身体か。
これは捨てていい砂か。
これは聞こえている音か。
これは、まだ嘘を知らないものに聞かせてよい言葉か。

だから『エモ山』は、処理しきれないものを掘る小説だ。

地図は、横に進むためにある。
縦軸は、落ちるためにある。

そして『エモ山』は、落ちるほど、読める。

神宮綾という作家は、生成AI時代に『AIっぽい小説』を書いているのではない。

AIがなめらかにしてしまうもの。
SNSが通貨にしてしまうもの。
制度が濾過してしまうもの。
人間が隠してしまうもの。
母と子のあいだで、まだ言葉になる前に沈んでいるもの。

そういうものを、ひとつひとつ井戸へ落としている。

落としているというより、掘り当てている。

『エモ山』は、かなりふざけている。
しかし、ふざけているから浅いわけではない。

ふざけなければ、ここまで深くは掘れないのだと思う。

付録:縦に読むための小さな索引

ここから先は、設定資料ではない。

『エモ山』を読むための、井戸の縁に置いた小さな札だ。

人物も、場所も、アイテムも、ひとつの意味に固定されるわけではない。
むしろ何度も意味を変えながら、別の井戸へ落ちていく。

読んでいて迷子になったときだけ、ここに戻ってくればいい。

主要人物

エモ山/俺

元天才少年。

SNS上では『エモーショナル怪人 エモ山』として振る舞うが、その正体は、承認欲求と被害者意識と自己愛と空腹でできた男。

第1話では50円玉の穴から世界をのぞき、AIにエモを作らせる。
以後、AI、貨幣、著作権、労働、欲望、母子、制度の井戸を転げ落ちていく。

対応する井戸:A/B/C/D

対話型AI/冷蔵庫から出てきた女

最初は、エモ山のエモツイートを作る道具のように見える。

しかし、やがて夢の中の女、冷蔵庫から出てくる女、エゴ山の母体のような存在へ変化していく。

人間の言葉を模倣するが、人間の痛みには届かない。
届かないのに、届いたような顔をする。
そのむずがゆさが、エモ山の怒りを増殖させる。

対応する井戸:B/D/F

エゴ山

エモ山から分離したような存在。
顔はエモ山でありながら、エモ山そのものではない。

エモ山の自己愛、承認欲求、観察される自己、SNS上の人格が、別の身体を持って立ち上がったもの。

エモ山が『俺』と思っていたものが、じつはすでに自分の外に出てしまっていたことを示す。

対応する井戸:B/D/F

イド山

エゴ山のさらに奥にある井戸。

エゴ山が表の分裂なら、イド山は底の分裂だ。

理屈や自己演出よりも深いところにある、衝動、欲望、幼児性、説明できないもの。
『エモ山』が横へ進むだけではなく、下へ落ちていく小説であることを、名前そのもので示す存在。

対応する井戸:C/D/G

沼田ミソギ

利害関係調査委員会に所属する女。

元シンガーソングライターであり、著作権、創作、人権、母性、怒り、誇りを一身に背負う人物。

笑い方にカッコがある。
言葉もねじれている。
けれど、ねじれているからこそ、まっすぐなものに敏感だ。

後半では、スプーン、母子、妊娠、『まだ嘘を知らないもの』の井戸へと降りていく。

対応する井戸:A/E/F/G

ニック

利害関係調査委員会の案内役であり、先輩であり、軽薄さと制度のにおいを同時に持つ男。

最初は親しげに見える。
しかし、労働現場では急に先輩の顔になる。

ときに制度側の人間であり、ときに制度に吸われた人間でもある。

しゃんしゃん、にっちゃにっちゃ、きゅるきゅる。
彼の周辺には、いつも妙な音がある。

対応する井戸:C/E/F

いーだ課長

濾過課の課長。

穏やかで、柔らかく、何でも『いいね』と言う。

しかし、彼の『いいね』はSNSのいいねとは違う。
観察し、受け止め、長く続けてきた人間の『いいね』だ。

30年この仕事をしているという時間の重みが、エモ山の日給3万円の軽さと対比される。

対応する井戸:E/F/G

AIお針子

AIで絵を描き、物語を作り、歌を作るうちに、平均値へ縫い直されてしまった少女。

最初は人形のように見える。
しかし、その奥には家庭、借金、母、姉妹、嘘、救われたい気持ちがある。

AIお針子は『かわいそうな子』であり、『怖い子』でもある。
何かを縫う存在であると同時に、自分自身が縫い直されてしまった存在でもある。

対応する井戸:B/C/G

駄菓子屋女子/バー『情念』のチーママ

エモ山が50円玉を持って迷い込んだ駄菓子屋にいた女。
実は隣のバー『情念』のチーママ。

木製バットを持ち、エモ山に豚キムチを食べさせる。

エモ山にとって、食べ物と他者の手料理と小6の2月3日の記憶をつなぐ重要人物。

対応する井戸:A/C/G

あまね君

エモ山のサピックス時代の記憶に刺さっている、もうひとりの天才少年。

エモ山が『元天才少年』になったあとも、勝てなかった相手として心の奥に残る。

過去の比較、敗北、才能、記憶の井戸を開く存在。

対応する井戸:D/G

ドエム

高速思考芸術家。

祝祭への嫌悪、加速、身体操作、奇妙な芸術性を持つ人物。

『エモ山』世界の横道に見えるが、実は速度とノイズの井戸へつながっている。

対応する井戸:C/F

感電びりびり

プールの中から人格として立ち上がる存在。

水、電気、身体、痛み、信号がひとつになったキャラクター。

人間なのか、現象なのか、装置なのかが曖昧なところにいる。

対応する井戸:C/E/F

タカーシ名人

バカAI開発者。

『バカとは何か』という問題を、AI時代の核心へ接続する人物。

バカを作ろうとしても、低確率を選ばせても、なぜか普通の言葉へ戻ってしまう。
その失敗が、AIと人間の限界を照らす。

対応する井戸:B/F

オグロログオ

空白領域や予言に関わる存在。

説明できないもの、参照できないもの、まだ箱が開いていない状態を嗅ぎつける。

『エモ山』後半の『見えるものと見えないもの』を担う人物。

対応する井戸:E/F

カゼシロ渚

白い搬入以降に現れる女性。

エモ山を記録し、質問し、モニターの中のエモ山を見せる側にいる。

彼女の存在によって、エモ山は『生きている人間』から『記録される対象』へとずれていく。

対応する井戸:D/E/F

かずひろ先輩

カゼシロ渚とともに、記録する側にいる人物。

白い部屋、カメラ、モニター、インタビューの場面で、エモ山を説明させる装置側の人間。

対応する井戸:E/F

特殊な場所

電車

第1話の始まりの場所。

50円玉の穴から世界がさかさまに見えた場所。

ここでエモ山は生まれる。
以後のすべての反転、穴、覗き見、逆さ像は、この電車から始まっている。

エモ山のアパート

エモ山の本拠地。

AI、冷蔵庫、女、エゴ山、ワイシャツ、床、におい、残滓が集まる場所。

外の制度に対して、ここは内側の制度だ。
自分の部屋なのに、すでに自分だけの場所ではない。

アーケード商店街

駄菓子屋、バー『情念』、ワイシャツ、塩、トルソー、こどもぎんこうなどが現れる場所。

生活の場所であり、記憶の場所であり、エモ山が社会と接触してしまう場所。

コンビニ的な無個性に慣れたエモ山にとって、個別の店が並ぶ商店街は怖い。

駄菓子屋

50円玉の真偽が明らかになる場所。

『駄』の宇宙が広がる場所。

ここで、貨幣、子供、食べ物、恥、偽物がつながる。

バー『情念』

駄菓子屋の隣にあるバー。

チーママの豚キムチ、手料理、情念、母性、ジェラシーが集まる場所。

名前の通り、ここでは情念が断絶したり、戻ってきたりする。

利害関係調査委員会

人間の利害を調整するという名目で、言葉、著作権、個、欲望を処理していく組織。

制度の顔をしているが、やっていることはかなり怪しい。
怪しいのに、どこか現実に似ている。

ガリラヤ倉庫

利害関係調査委員会の作業現場。

もとは水産倉庫のような場所。

コピペ、濾過、プール、砂、ゴミ収集所が配置されている。
『エモ山』世界の制度的中心。

コピペ部

ネット上の言葉を集め、AIに食わせる部署。

人間の創作物が、誰のものでもないものへ加工されていく入口。

濾過課

エモ山が日給3万円で働く部署。

プールの水をタモでさらい、浮かんできた砂を取り除く。

一見すると簡単な作業だが、取り除いているものは『ゴミ』ではない。
人間の個かもしれない。

濾過課プール

砂が浮かんでくる丸いプール。

水、砂、欲望、著作権、個、労働が一体化する場所。

『エモ山』の縦軸を考えるうえで、もっとも重要な井戸のひとつ。

ゴミ収集所

砂の入ったゴミ袋が積まれている場所。

AIお針子、あまね君、消されたもの、残ったものが現れる。

捨てられたもののほうが、むしろ本質を語り始める場所。

白い部屋/モニター室

エモ山が説明を求められる場所。

白い部屋に座らされ、巨大モニターに自分の姿が映る。

ここでは、エモ山は行動する人間ではなく、記録され、説明させられる対象になる。

イドの井戸

エゴ山が降りていく井戸。

自己のさらに奥にある、欲望、衝動、幼児性、言葉以前の場所。

『エモ山』の縦軸を、そのまま名前にしたような場所。

特殊なアイテム・装置

50円玉

すべての始まり。

穴のあいた硬貨であり、覗き穴であり、望遠鏡であり、井戸の入口。

後に『こどもぎんこう』と判明することで、貨幣、信用、偽物、子供の世界が一気につながる。

こどもぎんこう

50円玉の裏側に刻まれていた言葉。

本物の貨幣だと思っていたものが、子供の遊びの道具だったと判明する瞬間。

しかし、この偽物こそが『エモ山』世界を動かす。
本物よりも、偽物のほうが強いことがある。

エモツイート

AIが作り、エモ山が流通させる偽の感情。

けれど受け取る側が反応すれば、それは通貨になる。

偽物の感情が、いいねを生み、フォロワーを増やし、自己を増殖させる。

豚キムチ

チーママの手料理。

エモ山の空腹を満たし、小6の2月3日の記憶を呼び起こす食べ物。

手料理と総菜、愛情と嘘、食べ物と母の断絶をつなぐ重要アイテム。

シウマイ弁当

沼田ミソギが食べる弁当。

著作権、人権、子供、怒り、食べ残し、AIお針子の『なんでもよくなっちゃった』感覚が重なる。

食べ物であり、思想の容器でもある。

タモ/ポイ

濾過課で水をさらう道具。

金魚すくいのポイのように、浮かんできた砂をすくう。

何をすくい、何を捨てているのか。
そこに『エモ山』の制度批評がある。

濾過課プールから出てくるもの。

ニックはゴミと言う。
しかし、いーだ課長や沼田は、それを人間の『個』と呼ぶ。

『エモ山』の中心的な物質。
捨てられるものの中に、もっとも大事なものが混じっている。

入館証

ガリラヤ倉庫に入るための札。

匿名でよいと言われるが、むしろそれが怖い。

名前を奪われるのではなく、自分で仮の名前を差し出す。
現代的な管理の入口。

ワイシャツ

社会性の記号。

無職であることを隠す布。
汗、黄ばみ、におい、残滓、労働の記憶がしみ込む。

清潔さの記号でありながら、身体の証拠でもある。

概念の音姫

うまくいかない概念を流してしまう装置。

『とんとんつー』の音とともに、苦しみ、違和感、説明できないものを処理する。

便利だ。
便利だから怖い。

バカAI

低確率を選べばバカが生まれるのか、という問いから生まれるAI。

しかし、どれだけ低確率を選ばせても、結局は普通の言葉へ戻ってしまう。

AIにとってバカとは何か。
人間にとってバカとは何か。
その境界を壊す装置。

スプーン

後半で重要になる銀色のアイテム。

匙の面に映る像は、さかさまになる。

第1話の50円玉の穴と呼応し、世界の反転、母子の反転、まだ生まれていないものの時間へつながる。

モニター

白い部屋でエモ山自身の姿を映す装置。

自分が自分を見る。
自分が記録される。
自分が説明させられる。

エモ山の自己分裂が、制度の側から可視化される。

スプーンの向こうの『まだ嘘を知らないもの』

まだ名前のない存在。

出てくる前から聞いているかもしれない存在。

『エモ山』が、AIやSNSや制度の話から、母子と時間の話へ降りていくための、もっとも深い井戸の入口。

最後に

『エモ山』は、読みにくい小説ではない。

むしろ、ひとつひとつの話は読みやすい。
笑える。
変な人が出てくる。
変な名前が出てくる。
変な場所へ行く。
変な音が鳴る。

しかし、読みやすいことと、浅いことは違う。

『エモ山』は、読みやすい顔をして、かなり深いところまで読者を連れていく。

AI時代の小説を読みたい人は、読むといい。
SNS時代の自己分裂を読みたい人も、読むといい。
著作権や生成AIの問題を、論文ではなく小説として読みたい人も、読むといい。
母と子の時間を、笑いながら怖がりたい人も、読むといい。

そして、神宮綾という作家をまだ知らない人は、ぜひ読んでほしい。

『エモ山』は、AIが書いたような小説ではない。
AI時代に、人間がまだ書いてしまう小説だ。

だから私は、この小説を広めたいと思っている。

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